松沢病院と女性患者たちと蘆原将軍の経済と弱気な新聞記者 (1928)

『グロテスク』の医療と薬物関係の記事を読んでいる。その中で松沢病院を訪れた面白い記事を読んだのでメモ。
 
尾高、三郎. "天下無敵の誇大妄想狂 蘆原将軍と語る." グロテスク, vol. 1, no. 1, 1928, pp. 129-135.
 
梅原と一緒に松沢病院に行く。そこで梅原は副院長の杉田直樹に会う。ここでは女のきちがいが300人くらいで参観人を取り囲んで、ありとあらゆる媚態と、嬌態と、変態を演ずるんだからね、と後をごまかして言う。杉田は副院長室で、原書を4,5冊机の上において待っている(この「原書」のうち一冊はクラフト・エービングだろう)。杉田に蘆原に会いたいというと、「此頃は将軍にも、浮世の風がしみるのが大分勘定高くなりました。あなたが拝謁を乞うなら副院長として敢て取次ぎを辞さないが、献金はご承知の上でせうな」という。杉田はあくまで真面目である。その旨承知して、蘆原が献金を受け取ることにして、彼の部屋に向かう。
 
その前に女の患者の広間を通る。「恐ろしい濃厚な女ににほひ」である。白粉や化粧水のそれではない。裸体の女が群れているところから押し寄せる汗ともちがう。「肌のにほひ」である。そこに100人くらいの女がいる。半裸体の者あり、太股をだすものあり、髪を取り乱すあり、この世の地獄を演じている。女たち、とくに大年増、中年増らが後を追って、口々に何かをわめている。肉体は実に立派に売れ切っている中年増が「旦那、あれを〇せるから煙草をおくれという。
 
面白いのが、ここでは「弱弱しい男」の役をしていること。「女の色狂人に本当に手取り足取りされたら僕はどうしよう」「おっかなびっくりと[女の広間に]眼をやると・・・僕勿論怖気がついた」である。
 
それから蘆原に会う。「やっぱり新聞記者だな」といわれる。蘆原将軍が山岡鉄舟外務大臣に任命するとかいうでたらめな色々な任命状を勝手に書いて勝手にわたしている。話は色々と発展する。そして、胸算用をして、「おい、××は皆で何枚持っている。一枚いくらってんだから忘れんようにしてくれ」という。ここは任命状を何枚もっているか、それに応じて献金が変わるという話であろう。最終的に1円50銭を支払い、それで院内の売店に看守をはせて煙草と菓子をとりよせ、侍従や家来にごちそうしたという。

クリムトと日本・中国・ビザンチン帝国

www.royalacademy.org.uk

ロンドンの RAでクリムトエゴン・シーレ。今回も観ることができないが、クリムトとシーレの手書きの描画がたくさん出てくるという、RAのような大美術館としてはむしろ新しい企画であるとのこと。この「60秒でマスターできるクリムト」を観ていたら、ウィーンでの古典的な美術を破壊するために、さまざまな新しい手法や思想があった。シンボリズムなどはもちろんだが、彼が金細工職人の息子であったことに、一つの大きなヒントがあるとのこと。また、ヨーロッパ古典ではないものを追求する態度の中に、中国と日本とビザンチン帝国の美術に影響を受けたと言う。クリムトと職人のこと、中国、日本、ビザンチン帝国のこと。とても面白そうです。とにかく、カタログは絶対に買います!

16世紀メキシコの感染症による壊滅の病因について

 
16世紀のヨーロッパとアメリカ大陸の関係は医学史や疾病史の中でも有名な素材である。ヨーロッパが感染症をもたらしたこと、アメリカはそれまでヨーロッパと交通がなかったこと、そのためアメリカはヨーロッパ人がある程度免疫を持っている感染症で壊滅的な死亡が出たこと、これらのことは多くの高校生が知っているだろう。ただ、具体的な説明の再構成に、難しい部分が多い。その疾病は何かという疑問は、いつでも学者たちの間で出ている。
 
今回の研究は遺骨のDNA研究の成果で、かなり重要なポイントである。これまで具体的な疾病については、天然痘や麻疹が強調されていた。それはいい。しかし、今回の研究で、最も大きな被害は、少なくともメキシコにおいては別の疾病である可能性が高いという議論が出てくるだろう。
 
1520年からの第一回目の感染症の大流行、1545年からの第二回目の大流行、そして1575年の第三回目の大流行で、メキシコの人口は壊滅状態になる。もちろん私が知っていたのは、1520年の天然痘の大流行である。エルナン・コルテスによる征服、ティオティワカンの都、ほくそ笑むアステカ人の聖職者たち、そして天然痘の大流行である(増田先生の筆は非常に冴えていた 笑)しかし、人口減を見ると、下げ幅がはるかに大きいのは1545年の流行である。第一回の流行が800万人の死亡、第二回は1000万人から1500万人の死亡が出ている。第三回も200万人の死亡である。いずれも巨大な被害だが、実は第二回がはるかに被害が大きい。そして、この感染症は何かという問題である。
 

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16・17世紀のメキシコ(アズテカ帝国)の人口の劇的な低下の様子
 
遺骨の DNA研究によると、これは腸チフスのような腸熱であるという。これもヨーロッパから持ち込まれたものだが、そのあたりはまだよくわかっていないらしい。腸チフスというのは、保菌者が非常に多く、実はその問題について論文を書いたので、まとめなおしてメモしておきました。

『夜明け前──呉秀三と無名の精神障害者の100年』上映会との共同企画 兵頭さんからのご案内

兵頭晶子さんから広報のメッセージを頂きました。12月22日に映画『夜明け前』についてお話をされるとのこと。以下がおしらせになります!

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今井友樹さん監督作品の記録映画『夜明け前──呉秀三と無名の精神障害者の100年』上映会との共同企画で、『精神病の日本近代』著者として、インタビューを受けることになりました。12月22日(土)の、夜の部、18時から20時までです。
タイトルは、「病むとされる側から見た「監置」と「精神病」」。
6月のシンポジウムで得られた知見を引き継いで、日本の精神医療をめぐる現状が「夜明け」を迎えることのできるよう、未来へと向けたお話をさせて頂けたらと願っています。
御関心がおありの方は、ぜひお運び下さい…! 兵頭晶子

 
本企画への参加は、事務局への事前申し込みが必要なようで、私は「よるの部」担当です。
詳しくは、添付ファイルや下記リンク先をご参照下さい。
 
1.添付が広告になります。
2.Facebookのイベントが以下です。
 

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『夜明け前』の上映会と兵頭さんのインタビューなどのご案内です


『封神演義』と天然痘

少し前のメモの『封神演義』を少し読んで見た。おそらく明代の中国で書かれた神話と歴史の融合のような物語。日本ではあまり知られていないし、私は数か月前に初めて聞いた物語である(無知でごめんなさい)。中国では非常に良く知られた神話であるとのこと。ただ、西遊記三国志のような大作ではないとのこと。
 
章立ての目次をぱらぱら見ていると、天然痘が描かれていそうな章があった。私が見ていた丸善の eMaruzen の4巻本の81章である。なかなか楽しい話だったのでメモを取ろうとしたら、読み時間が5分を超えたのでリクエストをしなければ読めなくなった。仕方がないのでアマゾンの Kindle で無料で読めるヴァージョンを読んでメモを取った。それは抄訳なので48章になっている。部分的にしか読んでいないので、わかっていないことも多いが、面白い部分もあった。
 
基本は周と紂王との戦争だと思う。紂王側の余化竜という人物が5人の若い息子を持ち、彼らの闘いで周の攻撃をはねかえしている。この5人の兄弟のうち、最も若いのが余徳という人物である。彼は道士であり妖術使いである。父の傷を丹薬を水で溶いて傷に塗り付けて治し、兄の余先の傷も治している。自分も戦争で傷を負うが、薬を飲んでなおした。そして、兄上たちに今夜に身を清めるように言い、術を使って周の兵士を7日間で滅ぼすという。その術というのが天然痘であり、その流行病を周の将軍や兵士の間に流行させることである。
 
余徳は、夜中の一更に、青・黄・赤・白・黒の5枚の正方形の布を取り出し、地面に広げる。さらに、五つの小さな斗(ます)を取り出して、兄弟5人が1つずつ持つ。そして、これらを持って、雲の上に乗り、空中から斗の中のものを周の陣地へとまきちらす。斗の中に入っていたものは、天然痘や種痘など、体に豆のようなぶつぶつができる病気の病原菌である。これを夜間に空からまいて、四更になると関に引き上げた。
 
周の陣地には、指導者である子牙や武王も、60万人すべてに、発熱と体が痛むことが発生した。三日たつと体中にぶつぶつができて、動けるものはなくなった。子牙にとっては、これは七死三災の最後らしい。そこに玉鼎真人という人物がきて、別の指導者に命じて天国の近くの仙境にいき、伏羲と神農などにあってお助けを願う。神農が、これは痘疹という伝染病である、それを直すために三粒の丹薬をさずけよう、その一粒が武王を、もう一粒が子牙を、そして最後の一粒が60万人を救うだろうという。これが実現し、全滅させたと思い込んでいた父親と余兄弟は闘いでみな戦死したという。
 
面白いところがとてもたくさんある。一つだけ上げると、戦争と感染症の共存というと、我々はまずトゥキディデースの歴史のアテネでの感染症を考える。中国でも、神話や物語でいうと、そのような扱いがあったことがよくわかる。
 
山下一夫他訳 et al. 全訳封神演義. 全4巻. 勉誠出版, 2017-18.
八木原一恵訳. 封神演義. 集英社, 1999. 集英社文庫.
 

『ハンセン病の歴史』などの無料小冊子配布

https://www.york.ac.uk/history/global-health-histories/publications-outreach/leprosy/

 

ヨーク大学の歴史学科で教授をしておられる医学史家のサンジョイ・バッタチャリア先生。これまでも何回か来日され、来年も慶應日吉で講演されることになっている。バッタチャリア先生が紹介してくれた、ヨーク大学がこれまで刊行しておられる疾病の国際史の小冊子を読んでいた。これは世界のハンセン病の歴史と現在と将来の小冊子で、英語と(おそらく)ポルトガル語の二言語構成である。世界各地のハンセン病の歴史がコンパクトに描かれている。

日本からは、中谷比呂樹先生と宮坂道夫先生が書いていらした。中谷先生は、慶應の医学部を卒業後、厚生省からWHO に進み、 HIVマラリアなどを担当する責任者となった。近年は慶應や阪大の特任教授をされている。宮坂先生は『ハンセン病 重監房の記録』などをお書きになり、ハンセン病患者が隔離されて置かれたマイナスの側面を強調している。いずれも素晴らしい文章である。近現代の日本について貴重な画像が掲載され、中世ヨーロッパの図版も素晴らしい。多くの図版も大いに参考にされてください。

中谷先生の文章で可笑しい個所があった。岡山愛生園を訪れた話をされたところで、神谷美恵子と彼女が訳したラテン語の『自省録』の話をして、これは当時の慶應医学部でのラテン語の授業のテキストだったと書いている。私はラテン語は基本的には挫折したが、そんなに慶應ラテン語の授業は難しかったのか(驚愕)

それ以外にも、結核精神疾患、熱帯性疾患などについても、別々の無料DL冊子が刊行されています。ぜひご覧になってください!

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大英図書館が所蔵する15世紀のハンセン病(らい病)の治療法のメモ

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ハンセン病(らい病)の歴史の表紙

 

剽窃研究のディシプリン(笑)

日本の評論家が外国の学者の著作を剽窃していたということが話題になっている。色々と仰る皆様がいるだろう。私も一つ言っておきたいことがある。どちらかというと楽しい話です(笑)

ドイツには剽窃研究を専門にしている学者がいる。メディア学か情報学の学部の先生である。数年前に、彼女からメールがきて、私が編集委員だった雑誌に剽窃出版があるという。書評で剽窃をするというのは、もちろん理論的には可能だが、何が起きたのだろうと不思議に思っていて状況を確認すると、なるほどこれが起きたのか、そしてそれを剽窃ということが確かに必要なんだという、不思議な納得があった。

まったく同じ書評を二つの号に続けて出してしまったのである。書評編集委員長の前任者との連絡のある部分がうまく行かなくて、一つの書評が、彼が委員長だった号と私が編集長だった号に、連続して掲載されてしまった。似ているとか類似しているとかそういう問題ではなく、全文がまったくの合同であった(笑)これを「剽窃」というのかと思ったが、「これは剽窃の理念型である」という剽窃学者の論述も素晴らしく、それに関して書評者を責めるわけにもいかず、編集長の責任というわけにもいかず、まあ、やはり、私の責任となり、誌上で書評上のダブりを謝罪するという事件がありました。

それ以来、私も、これが剽窃の理念型であるということを頭において現実の世界を見るようになりました。この経験、よかったですよ(笑)