海の経路と山と沙漠の経路

 

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エコノミスト・エクスプレスの地図です。

インド洋から出発して、ペルシア湾の深くに入って行く海と湿潤の経路と、ヒマラヤ山脈と沙漠という陸と乾燥の経路。この二つが宗教的、政治的、そして経済的に複雑な構図を描くという系図。地図帳を見ながら表を書いてみた。

 

name

国名 首都名ほか 自然
India インド デリー 山岳とインド洋
Islamic Republic of Pakistan パキスタン・イスラム共和国 イスラマバード 山岳とインド洋
Islamic Republic of Afghanistan アフガニスタン・イスラム共和国 カブール 山岳と砂漠
Islamic Republic of Iran イラン・イスラム共和国 テヘラン 砂漠
Republic of Iraq イラク共和国 バグダード 砂漠
State of Kuwait クウェート クェート 砂漠
Kingdom of Saudi Arabia サウジアラビア王国 リヤド、メッカ 砂漠
Kingdom of Bahrain バーレーン王国 マナーマ 砂漠
State of Qatar カタール国 ドーハ 砂漠
United Arab Emerates アラブ首長国連邦 アブダビ、ドバイ 砂漠
Sultanate of Oman オマーン マスカット 砂漠

 

アルコール、アルカリ、コットン、ギプスというのはアラビア語である。コットンとギプスについては、55歳の医学史家として始めて知った。コットンは古フランス語の coton, そしてアラビア語の qutn という語から中世英語が来たという。すみません、知りませんでした。ギプスについては、さらに驚愕。確かに英語では cast という。これは19世紀半ばのイギリスとオランダの戦争の中で、オランダ側が石膏で固定する方法を Gips と呼んだ。もともとはメソポタミア系とのこと。オランダ語からドイツ語の Gips となり、おそらくそれを日本の軍医たちが学んだのだろうか。

 

 


イスラムの宗教や文学などはアラビア語ペルシャ語トルコ語で教える
近代科学は英語やフランス語で教える

 

ウィリアム・セシルと博物誌と日本の植物

 
ウィリアム・セシル (William Cecil, 1520-1598) は、イングランドエリザベス女王重臣である。初代バーリー男爵となり、その後の政治的な名門を作り上げた。BBCの In Our Time で鼎談を提供しており、とても面白い。最後の雑談の部分で、彼の文化志向が語られており、ペルーや日本の植物なども所有していたと言っていた。これは、イタリアやオランダなどで確立していた、知識人や政治家が、人文主義と博物誌の両方を持つようになったということである。レオナルド・ダ・ヴィンチなどを思い出せばいい。あるいはのちのイングランドだと、フランシス・ベーコンを思い出せばいい。セシルが世界の博物誌と接触があった理由は、当時のイングランドでも、そのような学者・知識人たちが成長している過程だったからである。少し調べたら、セシルが庇護した人物はイングランドのジョン・ジェラード (John Gerard, c.1545-1612) だった。ジェラードは、1000点以上の植物を記載している『薬物学』という大作を書いている。残念ながら、かなりの部分がオランダのドドネウスなどのラテン語書の英訳であるが、彼自身が観察した部分もある。私が手元に持っているのはジェラードの著作からの抜粋であり、 おそらく先行研究者の作品の剽窃である(笑) そこには、ジャガイモなどの新世界から来たものの記述はあるが、日本はそれには載っていなかった。16世紀に伝わっている日本の植物、私が知らないのは恥ずかしい話ですが、何なのでしょうね。
 
16世紀にイングランドの新しい政治家と新しい手持ちの知識の持ち主が手元にもっていた日本の植物。おそらくそれを集めた、当時はちょっとできる程度の薬種商が行った剽窃行為。それからしばらく経って18世紀になると、イングランドが優れた博物誌の社会になること。剽窃行為の意味を考えさせますね。
 
Gerard, John et al. Selections from the Herball, or, Generall Historie of Plantes : Containing the Discription, Place, Time, Names, Nature, & Vertues of All Sorts of Herbes for Meate, Medicine or Sweet-Smelling Use, Etc. Velluminous Press, 2008.
Kindle でしたら800円くらいで買えます!
 

国際女性の日ーガラスの天井をあと少し細かく見る

www.economist.com

 

エコノミストの記事。OECDの国に関して、女性の仕事上の役割などがこれ以上上昇させることができない「見えない壁」(英語では「ガラスの天井」という言い方をする)に達したかもしれないという内容。北欧などに関しては、もしかしたらそうかもしれない。韓国や日本に関しては、普通に上昇させることができるだろう。この記事は、幾つかの指標に関して、それだけの順位を示してくれた。日本はそのほとんどで地位は低く、最下位ゾーン群である(涙)しかし、高等教育と給与の比率でいうと、それほど低くない。一方、企業の中の役職の比率は下から二番目、議会での女性議員の比率はOECD諸国で一番悪い(涙) 

大学の先生として、卒業していく女子学生や女子の大学院生などに、どう言えばいいのか悩むこともある。大学を出たらこうなりたいと思っているのに、それ以外のものになれない構造であり、それを作り出している個人たちの問題である。これは女子だけの問題ではなく、男子学生の問題でもある。最近言うのは、「失敗したときに何をするのかを本気で考え、パートナーと議論するように」である。今のところは、なんとかなっている。

日本精神医学を形成したヨーロッパの精神医学

松下先生と影山先生が編集した巨大な知的遺産である『現代精神医学の礎』。もともとは1970年代から80年代にかけて雑誌『精神医学』に連載された翻訳である。全部で四巻。この時期の日本の医師たちが持っていたドイツ語とフランス語の力があらためて素晴らしい。私も一覧表にして張っておくことにしました。

 

第一巻 精神医学総論

W.グリージンガー 「精神的反射作用について―精神疾患の本質瞥見」
J.H.ジャクソン 「神経系の進化と解体 」
A.クラマー 「発声器官の筋感幻覚」
S.コルサコフ 「Wahnsinnの急性形に関する問題について」
J.セグラ 「幻覚」
P.ジャネ 「強迫症と精神衰弱―心理現象の階層的秩序」
E.ブロイラー 「精神病の症状のなかにみられるフロイト機制」
A.ホッヘ 「精神医学における症状群の意義について」
L.クラーゲス 「夢意識について  第Ⅱ部 夢のなかの覚醒意識」
E.クレペリン 「精神病の現象形態」
G.ドゥ・クレランボー 「精神自動症と自我分裂」
E.ミンコフスキー 「精神病理学に適用されたベルグソンの思想」
K.ビルンバウム 「精神疾患の構成」
H.クンツ 「精神病理学における人間学的考察方法」
R.アッシャー 「ミュンヒハウゼン症候群
付 精神医学主要文献年表/総目次/人名総索引

 

第二巻 統合失調症・妄想
E.ヘッカー 「破瓜病―臨床精神医学への一寄与」
K.カールバウム 「緊張病―精神疾患の一臨床類型」
K.カールバウム 「類破瓜病について」
A.マイヤー 「早発性痴呆の力動的解釈」
P.シャラン 「不統一精神病暫定群」
H.クロード, A.ボレル, G.ロバン 「早発痴呆と類分裂病分裂病
K・シュタウダー 「致死性緊張病」
G.ジルボーグ 「アンビュラトリィ・スキゾフレニア」
C.ラセーグ 「被害妄想について」
C.ラセーグ,J.ファルレ 「二人組精神病あるいは伝達精神病」
M.フリードマンパラノイア学説への寄与」
G.バレ 「慢性幻覚精神病」「慢性幻覚精神病および人格の解体」 
J.カプグラ 「解釈妄想病」
J.ルブール‐ラショー, J.カプグラ 「慢性系統性妄想における《瓜二つ》の錯覚」
P.ジャネ 「迫害妄想における諸感情」
W.フォン・バイヤー 「同形妄想について」
G.ドゥ・クレランボー 「ふたつの妄想の共存―被害妄想と恋愛妄想」
付表 <Kraepelin疾病分類変遷表>

 

第三巻 神経心理学 / 脳器質性疾患・外因精神病
P.ブローカ 「話し言葉の喪失-大脳の左前葉の慢性軟化と部分的破壊」
T.リボー 「記憶の病」
A.ピートル 「博言家の失語症についての研究」
R.バリント 「"注視"の精神麻痺、視覚失調、空間性注意障害」
S.コルサコフ 「多発神経炎に合併する神経障害-多発神経炎性精神障害または中毒性精神病性脳障害」
C.ヴェルニッケ 「急性幻覚症」
A.ピック 「病巣症状を基礎とした老人性脳萎縮」
K.ボンヘッファー 「外因性精神病の問題について」
K.ボンヘッファー 「外因反応型」
W.フォン・ヤウレック 「進行麻痺に対するマラリアの効果について」
H.G.クロイツフェルト 「中枢神経系の独特な一巣性疾患について(暫定的報告)」
W.クライネ 「周期嗜眠症」
H.ベルガー 「ヒトの脳波について」
H.ビンダー 「アルコール酩酊状態について」
F.マウツ 「痙攣発作素質」
E.クレッチュマー 「失外套症候群」
V.フォン・ゲープザッテル 「嗜癖精神病理学

 

 

第四巻 気分障害非定型精神病 / 児童精神医学 /精神科治療 / 社会精神医学・司法精神医学
J-P.ファルレ 「循環精神病あるいはマニーとメランコリーとの規則的交替によって特徴づけられる精神病の1型について」
K.シュナイダー 「感情生活の成層性と抑うつ状態の構造」
P.シュレーダー 「変質精神病(易変性疾患)について」
K.クライスト 「循環様,妄想様,てんかん様精神病と変質精神病の問題について」
K.フォン・ゲープザッテル 「離人症問題に寄せて―メランコリー理論への一寄与」
H.ヴァイトブレヒト 「情動精神病にみる未決定の諸問題」
G.ジル・ドゥ・ラ・トゥーレット 「反響言語症および汚言症を伴う非協調運動の特徴をもった神経疾患についての研究」
L.カナー 「情緒的接触の自閉的障害」
P.ピネル 「精神病あるいは狂気に関する医学=哲学的論稿 第1版第6部 精神病者の医学的治療の原則」
A.ツェラー 「ヴィンネンタール療養所の活動,第2報―1837年3月1日から1840年2月29日まで 」
H.シモン 「精神病院におけるより積極的患者治療」
U.チェルレッティ 「電撃」
A.シュトリュンペル 「災害患者の診断,判定および治療について」
S.J.M.ガンゼル 「特異なヒステリー性もうろう状態について」
J.レッケ 「既決囚におけるヒステリー性昏迷」
E.クレペリン 「比較精神医学」
K.ビルンバウム 「詐病と変質性基礎に基づく一過性疾病状態」
R.ガウプ 「パラノイア性大量殺人者教頭ヴァーグナーの病と死――断案」
K.ウィルマンス 「精神分裂病前駆期における殺人について」




スネイク・オイルの偽薬

en.wikipedia.org

 

www.npr.org

 

薬のリサーチ。もちろん本や史料を読む。史料の中でも本草学の史料、ヨーロッパだと materia medica や herbal と呼ばれている史料は、薬の歴史を本気でリサーチしている医学史研究者にとっては最も大切なものだが、私から見ると、まだ壁があるというか、読めない史料である。
 
実物の薬を調べる機会があればいいのだけれども、これに慣れるのには時間がかかる。それだけに集中しても1年はかかるだろう。私が手元に持っている実物の薬は、研究資料というより本棚に飾るインテリアとしての機能のほうが高い(笑)その中で、Jeremy Greene 先生に頂いた Snake Oil を少し眺めてみた。この薬自体はつい最近生産されたものであるが、歴史の話題になったのは19世紀から20世紀初頭である。
 
これはもともとは中国の伝統医学で用いられていた、ヘビの油である。英語では water snake in China、日本には住んでいない蛇で、シナミズヘビという。19世紀に中国人の大規模な移民があり、20万人ほどの中国人がアメリカに移住した。その過程で中国の薬が持っていかれた。その中でスネイク・オイルは痛み止めなどに有効で、アメリカに住む人々の間に人気も出た。
 
それを見世物と偽薬の一体化に用いたのが、Clark Stanley という芸人である。19世紀の末から20世紀の初頭に Snake Oil を売りまくった。1893年のシカゴの万国博覧会でも特別な展示を出した。彼自身は「医者」であると自称し、 The Rattlesnake King と名乗り、舞台の上で生きた蛇を殺して大きなホピ族の医療者から学んだというでたらめを掲げ、観衆の中には偽の客を座らせて、この薬は効くぞと叫ばせたりすることをやらせた。この見世物がアメリカの一般人には効果を上げて、インディアンのようにヘビの油を入れていると称している薬がかなり人気が出たという。
 
しかし、20世紀になって、スタンリーが調べられると、基本的にすべてのでたらめが明らかになった。それとともに、snake oil という言葉も、侮蔑的・批判的な意味を持って使われるようになった。オバマも敵を批判するのに 相手は snake oil だと用いたし、若いブッシュはお前は snake oil だと用いられたという(笑)
 
この薬の「利用期限」。May は読めるけれども、その先を読むことができないようになっている。さすがだましのプロですね(笑)

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スネイク・オイルです!