モダニスト建築の健康な空間


 結核患者療養用のサナトリウムが、モダニストの建築に影響を与えたことを論じた論文を読む。

 一昨日、気鋭の科学史研究者による、衛生昆虫学と「伝播空間」のコントロールの歴史に関する面白い話を聞いた。「感染と空間の詩学」のワークショップの一環である。昨日チェックしていた新着雑誌に、たまたま空間について論文があって、とても面白く読んだ。

 ル・コルビジェに代表される20世紀前半のモダニスト建築は、同時期のサナトリウムが体現していた健康な空間の観念に影響されているという議論である。それを、両建築の外観とインテリアのいくつかの特徴を列挙して示している。平屋根は、スイスのサナトリウムでつららが落ちないための工夫であると同時に、コルビジェが設計した都市集合住宅では屋上で運動ができるようにする工夫であった。テラスとバルコニーでは外気浴ができるし、あずまやでは排菌者を隔離できる。リクライニング・チェアでは、疲れやすい体を楽な姿勢にして時間を過ごすことができる。シンプルなインテリアは、埃がたまらないから、埃に付着している菌を吸い込まない。こういった、光と空気と太陽(ココ・シャネルは日焼けがファッショナブルだと考えたそうだ)の医学的な効果を強調したサナトリウムの医学的な空間が、モダニズム建築に影響を及ぼしている。シンプルな立論だが、結核の歴史を少しかじったことがある程度の私には思いつきもしなかった方向の話で、面白かった。何よりも、「空間と感染の詩学」のワークショップと論文集を編むときに、建築史の人に声を掛けることを思いついたのが収穫だった。

 それからもう一つ、私事にわたるが、私は平屋根で光と風をできるだけ取り込んだ白っぽい家に住み、内装も明るい色を選んでいる。もちろん大衆向け量販住宅だが、強いて分類すれば(笑)モダニスト「風」の家である。この家を建てたときに、実は結核の歴史を短期間だが研究していたことを考えると、不思議な気がして可笑しかった。 精神病院の歴史を研究していたら、どんな家を建てていたのだろうか?  

 さらにもう一つ、これは私事というより妄想の域に入るが、セティーにはローマ風のデカダンスが、ソファにはヴィクトリア風の偽善的なエロティシズムが漂っていると、私は思っている。革張りのリクライニング・チェアには・・・たしかに、医療系の「何か」があるかも。


文献は、Campbell, Margaret, “What Tuberculosis did for Modernism: The Infuence of Curative Environment on Modernist Design and Architecture”, Medical History, 49(2005), 463-484.

画像は、ル・コルビュジエによるリクライニング・チェア