18世紀フランスの自然史

しばらく前に、私が事務局をしている研究会で、伊東剛君という気鋭の研究者に、ロンドン動物園の話をしていただいて、とても面白かった。その時に、この本に似たようなことが書いてあったな、と思っていた、18世紀フランスの植物園についての研究書を読む。

私のような門外漢にとっては、18世紀のフランスの自然史というのは、ビュフォンと王立植物園の栄光の光に包まれている領域である。自然史が農業や牧畜や園芸や薬物などの実用的な関心から離陸して、自然研究自体を目的にした科学的な学問、しかも精密で美しい挿絵の豪華本を続々と出版する当時の巨大科学へと脱皮していく時期だというイメージがあった。冷静に考えればそれだけで話が済むわけはないし、この「美味しい」トピックをいまどきの科学史研究者たちが放っておくわけはないのだけれども。 この本は自然史が現実の社会に深く根ざした営みであったことを、厚みがあるリサーチと透徹した分析で、鮮やかに示した傑作である。

18世紀フランスの自然史は、<もちろん>当時の農業改良と政策に密接に関連している。同じくもちろん当時のフランス植民地政策と関連している。アンシャン・レジームの科学のパトロネージに色濃く影響されている。そういったことの確認も、確かで流麗な筆致で描かれていたが、特に面白かったのは、自然史研究が提供した、人間と社会の「エコノミー」についてのヴィジョンである。動物も植物も、文明化(culture、civilization)によって改良されたり、本来の性質を失って堕落したりする。同じことが人間についても言える。正しい環境におくことで人間は改良される。しかも、園芸種の改良のように、かなり短期間で改良される。(ここが、進化論が示した、非常に長い時間をかけた進化とタイムスケールが大きく違うところである。)この、短期間の人間と社会の改良というのは、啓蒙のオプティミズムであり、フランス革命が目指したものであった。旧制度の科学組織の多くが、革命期に廃止されたのに対し、王立植物園は、自然史博物館として存続してむしろ繁栄したことの一因は、旧制度の自然史は、革命のヴィジョンに容易にチューニングしなおすことができる社会と人間のヴィジョンを持っていたことである。

この書物は短い記述では尽くせない豊かな内容を持った書物である。人間と社会と自然と科学という大きな問題について、範囲は限定されているが鋭い考察をしている、最良の研究書だと思う。


文献は Spray, E.C., Utopia’s Garden: French Natural History from Old Regime to Revolution (Chicago; The University of Chicago Press, 2000)