気候馴化と人種

 4月から月刊誌に連載をすることになって、その最初の回の締め切りが数日後に迫っている。その仕事に手一杯で、別の本を読んでいる余裕はないはずだけど、現実逃避的に、次の次の次の次(笑)くらいの仕事に関係がある、インドにおけるイギリスの気候馴化の可能性と人種概念の成立を論じた書物を読む。

 このブログでも何回か取り上げた、マーク・ハリソンの著書である。ハリソンやイギリスの歴史家にては珍しく、くっきりとした明快な断絶を前面に押し出した議論である。18世紀までには、そこに滞在したイギリス人たちは、最初の気候の変化による体調不良を乗り切れば、自分たちの身体がインドの気候に慣れ、インドの風土で長期的に健康に過ごせると信じていた。この背後には、人間身体はさまざまな風土に適合できるというオプティミズムと、超えることができない身体上の違いは、イギリス人とインド人の間にはないという前提があった。イギリス人の身体は、節制を保った生活をインドでしていると、「インド化」するのであり、そしてそれは健康な生活を可能にする望ましいことであった。
一方19世紀には、気候馴化の可能性についてのペシミズムと、イギリス人とインド人の身体の超えることができない違いが強調されることになる。イギリス人はインドに気候馴化することができず、「インド化」したイギリス人の身体と言うのは、むしろ不健康な身体を指すようになる。インドの気候に置かれ、何世代すぎてもイギリス人のままである身体、それが人種的な身体概念である。19世紀に、気候馴化できる可塑的な(マレアブルな)身体を、対照概念にして、人種概念が成立する。
 この図式のコアになる部分は、クリアに書かれている。しかし、実際の資料を使った肉付けの部分になると、現実は俄然複雑になる。衛生改革思想がとなえた、気候ではなくて飲み水や食べ物がインドの病気のもとなのだという概念と、人種思想の関係はどうだったのだろう。あるいは、衛生改革の根本にある、人為的な方法で健康状態は改善できるという思想との関係はどうだったのか。そしてなにより、19世紀にはいって、これまでの港町を拠点にした通商的な関係から、東インド会社を通じた土地支配へと、インド=イギリス関係が変化して、駐在するイギリス人(特に軍隊)が増えるとともに、イギリス人が気候馴化にペシミスティックになるというのは、ややすわりが悪い話である。私が断片的にみた、日本の植民地医学では、気候馴化にはイケイケの態度が取られ、満州だろうが南洋だろうが、日本人の身体は万能!という言説が多かったのと較べると、面白い。日本の医者たちが国策に迎合したのか、それとも20世紀にはいると、実験室での気候馴化の実験が、合意を作り上げることができたのか。 

文献は、Mark Harrison, Climates and Constitutions: Health, Race, Environment and British Imperialism in India 1600-1850 (Oxford: Oxford University Press, 1999).