ハンセン病・黒死病・梅毒



 ペストが身体文化とその統治に与えた文化的影響を論じた書物を読む。文献は Hatty, Suzanne E. and James Hatty, The Disordered Body: Epidemic Disease and Cultural Transformation (New York: State University of New York Press, 1999)

 ペストは、14世紀の黒死病に始まり、それから17世紀の末までヨーロッパを間歇的に襲っては大被害を出していた。ヨーロッパの人口の1/3を奪ったと言われる未曾有の大災害であった黒死病のあと、数十年に一度やってきて、街の人口の1/5をむごたらしく変わり果てた死体の山に変えた疾病とともに300年間も暮らしていると、色々な意味で人々の意識に深い影響があると考えるのは自然だろう。その中でも「死の勝利」「死の舞踏」論は有名である。

 この書物は、ヨーロッパ文化が身体を社会的に理解し構成し統制する仕方に注目し、身体の社会的構成のモードが、度重なるペストの流行を通じて変わったという議論をする。ペストの流行を通じて死と生に関する意識が変わったという方向の伝統的な問題設定ではなく、フーコー+ジェンダー風の問題設定にしたところがポイント。さらに、ペストの前と後ろを、ハンセン病と梅毒に関する議論でサンドイッチしているのも特徴だろう。このため、中世から近代初頭にかけての、ヨーロッパ社会における病気の社会的構成の通史としても読める。 ハンセン病-ペスト-梅毒という形で時系列の流れを取り出すことが、そもそも妥当かどうかは別にして。  

リサーチの量や質、単純化されてややプレディクタブルな議論の仕方などを見ても、本格的な研究書というより、歴史社会学の教科書的な狙いを持っているのだと思う。社会学の身体論を、ペストを素材にして教科書風に展開するとこのようになるのだろう。元気で頭が良い学部学生と一緒に読むにはとてもよい教科書だろう。

 画像は、解剖蝋人形で有名なフィレンツェの La Specola コレクションより。 La Peste