河川文化批評


「河川文化批評」とでも呼べる個性的な本を読む。文献は富山和子『水の文化史』(東京:文芸春秋社、1980)

 富山和子さんの短い文章は何度か雑誌などで読んだことがあるが、まとまったものは初めてである。淀川、利根川、木曽川と筑後川とその流域について、自然地理と人文地理と歴史と文化を渾然一体とさせて達者な文章でつづった本である。客観的なデータや調査、歴史の史実とともに、そこには著者の想いや主観が色濃く投影されている。典型的な部分をちょっと引用してみよう。

「日本の東西を代表する二つの川でありながら、利根川と淀川の何と対照的な姿だろう。利根川を野武士の川にたとえれば淀川は公家の川であり、利根川が縄文の川ならば、淀川は弥生の川であった。それほど淀川は、きめ細かく優雅である。それはまず、河口の姿からそうであった。関東平野を横断して太平洋に注ぐ利根川の堂々たる姿にひきかえ、淀川は都市の川であり、都市のただなかを流れて大阪湾、つまりは瀬戸内の静かな入江に注いでいる。」

 文学の香りが高い人文地理学とでもいうのだろうか。ヴィクトリア時代のトポグラフィのスタイルで日本の河川を書いているというのだろうか。「川とその流域で起きたこと」を対象にしたある種の文芸批評である。文芸批評、映画批評、料理批評があるなら河川文化批評があってもいい。文章の構成は無秩序というしかないが、それを補って余りある何かの力がある。特に淀川を書いた章は、対象自体の豊かさもあって、とても面白かった。

 画像は1849年のロンドンのコレラ流行地図。 テムズの南に流行が集中している。 流しインクのような手法で表現しようとしたらしい。