犬はパラノイアになるか?


パブロフと精神医学の関係を論じた論文を読む。Windholz, George, “Pavlov’s Concept of Schizophrenia as Related to the Theory of Higher Nervous Activity”, History of Psychiatry, 4(1993), 511-526; idem., “Pavlov’s Conceptualization of Paranoia within the Theory of Higher Nervous Activity”, History of Psychiatry, 7(1996), 159-166.

 犬を用いた条件反射の実験で有名なパブロフが、その晩年である1930年代に、条件反射の実験から構築されたモデルを精神医療に熱心に応用しようとしていたことを調べた論文を読む。恥ずかしながら、私はこのことを全く知らなかったので、興奮して読んだ。手持ちの古いパブロフの伝記を調べてみたらそんなことは全然書いていなかったが、ブリタニカにはばっちり書いてあった。

 パブロフは1930年代に精神病院に出入りして精神医学者たちの協力を仰ぎながら、条件反射についての動物実験で得た洞察を精神病の理解と治療に役立てようとしていた。引用のはしばしから想像するに、精神医学者たちは、呼んでもいないのに精神病院にやってきて自分たちの診断基準に因縁をつける、偉大だが頑固な老科学者を、明らかに持て余していたようだ。

 病院では歓迎されていたなかったかもしれないが、実験室に入ればパブロフの独壇場である。 パヴロフとその弟子たちは、お得意の動物実験で、人間の精神病のアナローグであるような異常行動や不適応を示す動物を作り出す。例えば、動物に条件反射をいったん形成してから、刺激の関係を擾乱させて、弱い刺激に対して病理的な反応をするパラノイアの犬を作る実験、あるいは、いったん形成した条件反射を逆転させ、その逆転に対応できる淘汰に勝ち残れる犬と、それができない適応力がない「負け組み」の犬の違いを考察したりする研究などである。しばらく前にブログで取り上げた神経症の猫を作って薬物で治療しようとする実験の起源は、ここにあるのかもしれない。こういった実験とクレッチマーなどの精神医学理論を組み合わせて、パヴロフは精神病とその治療の問題を晩年に追及していた。

 画像は、パブロフ記念館にある犬の剥製。