フロイト派とロボトミーとダッド

 フロイト派の精神分析理論を通じてロボトミーを正当化した論文を読む。文献は、Rees, T. Percy, “The Indications for Pre-Frontal Leucotomy”, Journal of Mental Science, 89(1943), 161-164.

 ロボトミーという手術は、1940年代から50年代にかけて世界中で広く実施された。その全盛時代において、推進者たちも過激な治療法であることを認めていた。それが「なぜ」受け入れられたかという問題については、いくつかの解釈がある。この疑問に答える上で一つのヒントになるのが、当時着実に広まっていたもう一つの精神病の治療テクニックで、一見するとロボトミーの対極にあって対立しそうな精神分析が、どう反応したかという問題である。

 筆者によれば、ロボトミーが効果を上げるのは、前頭葉と視床の間の連結を外科的に切断することによって、前者に宿る超自我と後者に宿るイドの間の葛藤をなくすからである。葛藤がなくなれば不安もなくなるし、攻撃的な行動もなくなる。だから、不安や自傷、自殺衝動、破壊衝動などの何らかの心理的な葛藤を示唆するような症状が見られたときには、ロボトミーは非常に有効であるという。分裂病はもちろん、うつ病にも、強迫神経症にもロボトミーは効く。確かにロボトミーは最後の手段であり、まずは精神分析などが行われるべきだが、その一方で、ロボトミーによる介入が遅れると、まったく効かなくなってしまう。だから、できるだけ早く、具体的には入院してから12ヶ月以内にこの手術を行うべきであると言っている。私はロボトミーについての当時の資料を余り読んでいないが、これだけ楽観的で大雑把なロボトミー万歳の論文を読むのは始めてである。

 筆者のThomas Percy Rees (1899-1963)は、ロンドン郊外のクロイドンにあったCroydon Borough Mental Hospital, 後のWarlingham Park Hospital の院長として、病院の正面の鉄の門を開け放ち、病棟を解放し、拘束具を廃棄し、患者に自由を与えた20世紀の精神医療の改革者として知られている。停滞した精神病院に彼が吹き込んだ新風が、精神分析であり、同時に、ロボトミーの熱烈な擁護であったというわけだろう。
 
 なお、この精神病院は1999年に閉鎖され、その記録はベスレム病院の資料館・博物館が管理している。このベスレムの資料館というのは、先日来 hitomidonniine さんや、nietsche_rimbaud さんが取り上げている画家、リチャード・ダッドの絵画を数十点持っているなど、絵画資料も良く集めている変り種の資料館である。 http://www.bethlemgallery.com/