精神病と血液研究

 新着雑誌から、精神病の血液検査の歴史を概観した論文を読む。文献はNoll, Richard, “The Blood of the Insane”, History of Psychiatry, 17(2006), 395-418.

 2005年に精神病患者の血液からRNAを採取して検査すると、統合失調症躁鬱病を区別して診断できる方法が発見されたという報告があったそうである。これがもし本当なら、これこそ精神医学の研究者たちが長いこと捜し求めてきた聖杯-純粋に身体的な特徴でメジャーな精神病を診断する方法ーである。念のために書いておくと、「これがもし本当なら」という私の表現は、この報告をした研究者たちの能力や正直さを疑うという意味ではない。精神医学の歴史を少し知っているものなら誰でも、この手のクレームが歴史上何度も繰り返され、そのたびに比較的速やかな幻滅が続いたことを知っているから用いたフレーズである。

 この論文は、この報告がもとにしている、精神病患者の血液・血清を検査することで精神病の診断をしようという過去の試みを概観している。筆者が指摘するように、確かに精神医学史研究の中で、精神医学研究のこのアスペクトはあまりカヴァーされていない。筆者によると、この種の研究の嚆矢は1855年に発表されたスコットランドの精神病院の医者のW.L. リンゼイによる血球カウントである。精神病院でさまざまな診断を下された患者や、健常なスタッフなどから血液を採取して、赤血球や白血球の数などを顕微鏡下で数えたもの。結果は「役に立たない」だったという。1890年代には内分泌系への注目(クレペリンの自家中毒仮説)があったあと、1910年代に短い興奮がやってくる。同時代の細菌学・血清学・免疫学の興隆を受けて、1909年にはコブラの毒を分裂病患者(歴史的名称としてこの言葉を使います)などに注射して反応があったという報告があり、これはニューヨークタイムズの記事になった。1913年にはスイスの生化学者がもともと妊娠判定用に作った試薬を用いて、分裂病と躁鬱病、そして精神病と健常者の区別に役立つという検査が発表されて話題を呼んだ。(これもNYタイムズの記事になった。)この検査法は、賛否両論があったが、結局数年で使えないことがわかった。梅毒のワッセルマン検査に触発された方法で、精神医学が繰り返してきた科学的・客観的な診断法の確立への失敗した努力の一つのエピソードである。

 ちょっとおちゃらけを。 2005年の検査が確立されると、私たちが毎年受けている検診で、「統合失調症:強陽性」とか「うつ病:陰性」という評価を貰うのだろうか? ちょっと楽しみ(笑)