ハンセン病とスティグマ

 未読山の中から19世紀のハンセン病スティグマ化の論文を読む。文献はGussow, Zachary and George S. Tracy, “Stigma and the Leprosy Phenomenon: the Social History of a Disease in the Nineteenth and Twentieth Centuries”, Bulletin of the History of Medicine, 44(1970), 425-449.

 近代日本の医学史の中で、ハンセン病ほど注目され研究が進んでいる病気はない。先日も若手の研究者の素晴らしい報告を研究会で聞いた。この論文は19世紀後半のグローバルな移民とハンセン病のかかわりについて、基本的なことをコンパクトにまとめた優れた論文。ハンセン病の脱スティグマ化の運動がしばしば前提している、ハンセン病は聖書の時代からスティグマ化されていたという平板な歴史観に対する批判にもなっている。

 議論の核は、19世紀の後半に「ハンセン病という病気ではなくて、それをもたらす国民がスティグマ化された」というテーゼ。彼らが選ぶ事件の系列は、1860年代のハワイにおけるハンセン病の流行と、1872年のらい菌の発見、1889年にハワイでハンセン病患者のケアにあたっていたダミアン神父の感染と死亡が引き起こしたハンセン病に関するパニックである。これらの事件が解釈される背景に、帝国主義と世界的な移民を設定している。ヨーロッパでは、北欧の小規模なポケットを除けばハンセン病は消滅していたが、帝国主義の発展により、殖民したヨーロッパ人を危機にさらす病気としてハンセン病が浮き彫りにされたこと。そしてハワイの流行でその役割を強調された中国からの移民労働者が、「太平洋全体を汚染して、アメリカ本土にハンセン病をもたらす」として激しい嫌悪にあったこと。(日本も、程度は低いが、似たような目で見られた。)折しもコレラのパンデミーが繰り返され、世界はハンセン病のパンデミーに飲み込まれるかもしれないという危機感があおられたことを挙げている。この脈絡で、19世紀の後半には、ハンセン病をもたらす<民族>、具体的には中国人への蔑視と不可分に結びついてハンセン病スティグマ化されたという。

 このグローバルなコンテクストの中で日本のハンセン病対策は進んだのだろう。日本のハンセン病対策を国際的な文脈においた研究は、私は寡聞にして知らないけれども。 

 もうひとつ。 1880年代から90年代にかけて、世界はハンセン病のパンデミーに脅えていたというのは知らなかった。