ヒステリーと映画



 昨日と同じ本から、初期の映画に神経学・精神医学が与えた影響を論じた論文を読む。文献はGordon, Rae Beth, “From Charcot to Charlot: Unconscious Imitation and Spectatorship in French Cabaret and Early Cinema”, in Mark S. Micale ed., The Mind of Modernism: Medicine, Psychology and the Cultural Arts in Europe and America, 1880-1940 (Stanford, Ca.: Stanford University Press, 2004), 93-124. 


 ヒステリーやてんかんのようなけいれん的・硬直的・自動的な身体の運動が、19世紀末のフランスのキャバレーなどのダンスやパントマイムに取り入れられ、初期の映画の身体表現にも影響を与えたという論文。議論のつくりはシンプルだけれども、十分な実証とエレガントな議論が組み合わされている。キャバレーなどのマイムで流行したジグザグの動きの起源も医学にあり、また、ジョルジュ・メリエスなどの初期の重要な映画製作者たちも、ヒステリーや神経病の表象が映画の動きにとって重要であることを認識していた。ジャン・エプシュタインはチャップリンについて「彼の演技は全て神経衰弱で疲労した人間が行う反射運動で成り立っている」といい、「フォトジェニックな神経衰弱」という言葉まで作っているという。 自分が全く知らない領域の話だったこともあって、ひたすら驚いたり感心したりしながら読んだ。 初期映画のけいれん的で不自然な身体の動きって、チャップリンの他に、なんとなく想像できるけど、具体的な作品は思い浮かばない・・・ きいちごさんかしら、この話題は。

  画像は1910年代のヒステリーの映像と、ボードヴィルの舞台からの映像。舞台の映像の下のほうには Jiu-jitsu (柔術)というタイトルがついている。この時代のヨーロッパでは柔術が紹介され、武道や護身術の一つとして伝えられると同時に、イギリスのミュージック・ホールでは「スモール・マン・タニ」こと谷幸雄が登場して柔道の実演を行って好評を博していたという。そういったことが、『運動+(反)成長』に納められた木下誠さんの論文で紹介されている。木下論文の問題設定はヒステリー論というよりむしろ優生学と帝国主義だけれども。