クロルプロマジンは何をしたのか

未読山の中から精神薬学革命が何をしたのかを測定しようとした論文を読む。文献は村上国世「薬物療法の導入による精神分裂病の経過と病像の変化」『精神神経学雑誌』73(1971), 635-648.

現在統合失調症と呼ばれている病気に対する有効な薬物治療が導入されてしばらくして、欧米では精神病院の病床数が激減し、日本の精神病床数は激増した。そもそも1950年代の病床数が欧米と日本では大きく違い、日本は西側先進諸国の十分の一くらいだから、単純な比較はできないのだけれども、薬物革命と病床数の変化がどんなタイミングで起きたかというシンプルな事実は色々な含みを持っている。

 この論文は東京武蔵野病院の古い病床日誌を組織的に分析して、薬物治療のインパクトを調べたもの。薬物治療が行われず、ECTを中心にした治療の時期と、ECTから薬物治療への過渡期、薬物治療が完全に確立された時期の三つにわけ、それぞれの時期から2年ずつとって初回入院患者の転帰や再入院の有無を調べている。それぞれのコホートのNは50-70 人だから、この手の調査ではまあ十分なのだろう。 これはこの論文が研究していることというより、研究の出発点なのだけれども、1951 年の50人について主な治療法を上げると、薬物ゼロ、ECTが48, インシュリンが1, ロボトミーが 1、1958-59年の56人は 薬物が9, ECT が43, インシュリンが4, 1965-66年の69人のうち、薬物は65, ECTが4, インシュリンロボトミーはともにゼロ。 勝負は1960年代の初頭についていることが分ったことも大きな収穫。

この論文の結論は、特に国際比較の脈絡におくととても面白い。<薬物中心の治療は、1)入院中の問題行動の頻度を著しく減少させ、2)在院期間をやや短縮させたが、3)長期間後の再入院率と転帰の分布にはほとんど変化をもたらしていない>というのが結論。1) は予想できることというか当たり前である。2) はわりと驚いたし、国際的に意味があると思う、3) は言われて見ればそんなものかなという気がする。