疫学の哲学

 疫学(epidemiology)の哲学的基礎を論じた論文を読む。文献はCrookshank, F.G., “First Principles: And Epidemiology”, Proceedings of the Royal Society of Medicine, 13(1920), 159-184.

 19世紀から20世紀前半は医学の哲学の黄金時代だという印象を持っている。<生命とは何か><病気とは何か>という大問題が、当代一流の医学者たちによって華々しく議論されていた。ベルナール、フィルヒョウ、メチニコフ、バーネットなどなど。しかし、これと重ねられて「流行病とは何か」という哲学的な議論も活発だったことは全く知らなかった。

 この論文は1920年の1月23日にロンドンの王立医学協会(Royal Society of Medicine) での会合で読まれた報告とディスカッションである。報告者のクルックシャンクは、唯名論と実在論の議論に重ねて病気とは何かを議論したあと、流行病 epidemics とは何かという分析をする。「流行病にかかるのは個人でなく集団である」という洞察が冴えている。ディスカッションでは、グリーンウッドがガレノスの流行病概念について発言している。グリーンウッドとその後の疫学にとって、インドの大規模なペスト研究が決定的な意味を持っていたので、クルックシャンクやグリーンウッドなどを中心に据えた20世紀の疫学の思想史・社会史は、環境論、帝国主義論などとも絡む。とても面白そうだけど、まだ研究がされていないテーマで、研究が俟たれるところである。