イギリスのコレラ

1832年のイギリスのコレラの古典的な研究書を読み返す。文献はMorris, R.J., Cholera 1832 (New York: Holmes & Meier Publisher, 1976). 

コレラの歴史研究の古典。目新しいアイデアや方法論があるわけではないけれども、イギリスの最初のコレラ流行を多くの視点から描いた書物で、コンパクトなわりに情報量が多く、それが主題ごとに整然と分けられていて、私は辞典的に使っている。

イギリスのコレラ予防のための養生論について情報が欲しくて、モリスの本なら書いてあるだろうと思って、Medicine and science の章を調べてみると・・・ やっぱりあった。生野菜、酸性に腐敗する食物。冷気に体をさらすこと、冷たい、熟していない果物を食べること。避けなければならない食べ物は、キュウリ、キャベツ、魚。Morris はこのリストの意味が分っていないけれども、これらはどれも、ガレニズムの中で「冷たすぎて」体に悪い食物である。特にキュウリはメロンと並んで危険な食べ物の代表。このガレニズムの「冷たさ」というのは、感覚的に分りにくい概念だけれども、トウガラシを「ホット」=熱いということの対概念である。 西洋のコレラ養生は、総じて日本のコレラに対する養生とかなりオーヴァーラップしている。日本だと、スイカ、ウリ、モモやアンズが食べてはいけないものの代表。 

  ついでに面白いことが書いてあった。強い匂いを出すもので流行病を追い払おうとするのは、中国でもヒンドゥでも西洋でも、広く行われていた。これは、強い匂いで疫病のデーモンを追い払おうとする悪鬼論と結びつくことが多かった。この非常に古い世界観と新しい「消毒」の思想の間には連続がある。イギリスのコレラの流行の時には、悪魔祓いでもするかのように多量の煙がいぶされて、街にはその匂いが立ち込めていた。街に漂う石炭酸の刺激臭は、当局が病気と闘っている徴でもあった。