ジフテリア血清と病院の性格転換

 未読山の中から、ジフテリア血清の歴史的な役割についての論文を読む。文献はWeindling, Paul, “From Isolation to Therapy: Children’s Hospitals and Diphtheria in fin de siècle Paris, London, Berlin”, in Roger Cooter ed, In the Name of the Child: Health and Welfare, 1880-1940 (London: Routledge, 1992), 124-145; idem., “From Medical Research to Clinical Practice: Serum Therapy for Diphtheria in the 1890s” in John V. Pickstone ed., Medical Innovations in Historical Perspective (Basingstoke: Macmillan, 1992), 72-83.

 ジフテリアは19世紀の後半から20世紀初頭の医学と公衆衛生に一つのモデルを与えた疾病である。西欧諸国では、1880年代から成人の死亡率は改善されているにもかかわらず乳児死亡率は上昇するという、一見すると矛盾した現象が現れるが、これは、この時期に毒性が高いジフテリアの菌株が現れて流行したことと関係がある。また、治療の点から見ても、ジフテリア血清は、細菌学が待ち望んでいた明確な治療上のブレイクスルーをもたらして、草創期の実験医学・細菌学に自信を与え、いまだその実用性を疑う臨床家が多い中、細菌学は信頼に足る有望な学問であるというオーラを与えた。この論文は、ベルリン、パリ、ロンドンの三つの都市の隔離病院、小児科病院を例にとって、そのいずれにおいても、ジフテリア血清の登場によって、病院が「治療」する場所、あるいは「治療」を期待できる場所であるという新しい性格を獲得したことを論じている。