中世の飽食の夢想


未読山の中から、中世ヨーロッパの飽食のパラダイス「コケイン」についての研究書を読む。Pleij, Herman, Dreaming of Cockaigne: Medieval Fantasies of the Perfect Life, trans. By Diane Webb (New York: Columbia University Press, 2001).

「コケイン」(Cockaigne) とは、中世ヨーロッパで民衆の間に広く流布していた想像上の飽食天国の名前である。ドイツやオランダやイギリスなど、幾つかの国語で書かれた韻文が残り、街角を流して歩いたストリート・ミュージシャンに歌われ、絵画に描かた。キリスト教の天国の概念に影響され、現実と想像上の旅行記に影響され、それと同時にそれらの旅行記に影響を与え、民衆の間で密かに信じられていた異端の学説に近いものも含んでいた、豊かな重層を含むトポスである。ちなみに、コカの葉から抽出された麻薬の「コカイン」とは何の関係もない。

「コケイン」の最大の特徴は、その飽食の夢である。天国は食べ物に不自由しないところであるという夢想自体は、それほど珍しいことではない。泉からはワインが湧き出し、地には蜜と乳が流れ、木には果物がたわわになっているというのは、さまざまな文化や宗教における天国の定番と言っていい。コケインにおける食の豊穣は、かなり独特な色彩を帯びている。そこでは家の壁はソーセージでできていて、ローストされた豚が背中にフォークを突き刺して歩いていて、食べたいときにこちらに歩いてくる。空を飛ぶ鳥も、すでに焼き鳥になっていて、口を開きさえすればその中に飛び込んでくる。ここにあるのは、王侯貴族の豪華な宴会で供される美食ではなくて、庶民たちの飽食の夢である。奢侈な食品も現れているが、テーマ全体としては、重点は「庶民のごちそう」におかれている。

この庶民の空想文学を生んだのは、一つには中世の飢餓への恐怖であるという。中世は必ずしも飢饉が頻発した時代とは言えないらしいが、飢餓への恐怖は民衆の間に深く刷り込まれていた。一生続く辛い肉体労働のあとで腹を空かせていた民衆たちが、労働せずともおもうさま腹に詰め込むことができる天国を思い描いたのが「コケイン」だという。そして、この想像のさらに背後には、アダムとイヴが原罪を犯して追放された楽園を、空想の中であれ回復したいという執念にも似た思いがあった。祝祭の山車で一番最初に現れるエデンの園を観た時に、この労働もなく空腹もない楽園が、なぜ永遠に失われてしまったのだろうという思いを、中世の民衆たちは抱いただろうと著者は推測している。このあたりの大胆な推測でものを言う言い方は、カンポレージを思わせる。

No work is done the whole day long,
By anyone old, young, weak, or strong.
There no one suffers shortages,
The walls are made of sausages.
Windows and doors, though it may seem odd,
Are made of salmon, sturgeon, and cod.

画像はブリューゲルの「コケインの地」