『エイズとその隠喩』

必要があって、スーザン・ソンタグ『エイズとその隠喩』を読む。 富山太佳夫訳でみすず書房から『隠喩としての病い』と合冊で出ている。

アメリカの批評家のスーザン・ソンタグが、乳がんの手術を受けた1978年に書いた『隠喩としての病』は、病気という現象が持つ言語的・文化的な側面に着目して、それを結核とガンという二つの病気を対比して分析した、医学史の必読書である。その10年後にソンタグはアメリカのHIV/AIDSの流行を受けて書き下ろした「エイズとその隠喩」(1988)を書いたが、この二つの病気論を合本で出版したのが本書である。実は、恥ずかしい話だけれども、「エイズとその隠喩」はこれまで読んでいなくて、今回初めて読んだ。 

このスーパースターのエイズ論を読んでいなかった理由を弁解すると、あまり良い評判を聞いていなかったからである。確かにソンタグのエイズ論には独創の輝きは感じられない。「隠喩としての病」が、美しい病と醜い病、時間の病と肉体の病、霊的な病と肉体の病といった、少なくとも当時としては独創的な洞察を散りばめた力作であるのに較べると、ソンタグがエイズについて書いていることの多くは、陳腐とは言わないが、ソンタグでなくてもいえそうなことばかりである。

しかし、エイズ論の凡庸さは、ソンタグ自身の成功の代償という側面もある。「隠喩としての病」が出版されてから、医学史や医学と文学など、メディカル・ヒューマニティーズと総称される学問はソンタグに大きく影響されて劇的な進歩を遂げてきた。この20年から30年は、ソンタグが切り開き、探求の方向性を与えた領域に、多くの才能がある若い研究者たちがなだれ込んだ時期だと言ってもよい。多くの研究者がソンタグにならった病気の見方をした結果、ソンタグ自身が言うことに新鮮味がなくなったというのが、本当のところだろう。彼女のエイズ論は、エイズそのものについてはあまり踏み込んだことを言っていないのかもしれないが、ポスト・ソンタグの成果が詰められた、病気の文化論的な分析の格好のレジュメと言ってもよい。

・・・というわけで、これは教材に使うことにしましたので、よろしく(笑)