パリンプセストとしての気候

1928年の疫学の書物を読んでいたら、気候と進化の面白い洞察があった。文献はGill, Clifford Allchin, The Genesis of Epidemics and the Natural History of Disease (London: Bailliere, Tindall and Cox, 1928). 

疫学epidemiologyという学問は、1920年代くらいのイギリスで、革命的な変化を遂げると実感している。これはきっと誰かが言っているだろうし、既に優れた研究もあるのかもしれないけど、この疫学革命について学者が何か書いているのを読んだことはない。数字を羅列する無味乾燥な学問が、グローバルな視点で人間と自然の関係、文明と野蛮の関係について大胆な仮説をもてあそぶダイナミックな学問になった。

この本もそのような壮大な疫学理論を描いた書物の一つで、著者はイギリスのインド医務局の軍医で、パンジャブの公衆衛生局長。マラリアと、インフルエンザと、ペストという当時のインドを痛めつけていた疾病を題材にして、流行病の「量化理論the quantum theory 」と名づけた流行病の一般理論を大展開している。その「量化理論」は全ての流行病は、一つのモデルによって説明できるもので、それは毒素(toxin)の量と、抵抗(resistance)の程度の両者の間の量的平衡が崩れることであるというもの。きっと現在の疫学者は取り合ってくれないような大胆な理論だと思うけれども、それはダイナミズムと興奮の裏返しだといってよい。

この著者は進化と病気、気候と進化の影響も論じている。人間や哺乳類は中央アジアで発生したという、当時はまだ信じるものがいた説から出発していて、色々と壮大なことを言っている。(もちろん、当時においても人類のアフリカ起源説もあった。)その中で、気候の影響を論じた台詞が、はまっている。

「真実のところ、人間はその環境によって造られたものと考えられねばならない。そして、自然進化の過程の下に隠れて、地上の進化の道筋をきめるのに少なからず役割を果たした気候の影響が、まるでパリンプセストのようにぼんやりと読み取れるのである。」