『ヴァセック』

それほど必要ではなかったけれども、ウィリアム・ベックフォードが1786-7年に出版した『ヴァセック』を読む。BBCのラジオ番組でこの作品のタイトルを耳にしたのがきっかけで、名前は聞くけど実は読んでいないこの作品を読むチャンスだという、まったくの偶然で読んだ書物(笑)小川和夫の訳で国書出版会から1980年に出版されている翻訳を読んだ。

『アラビアン・ナイト』とファウスト伝説とマルキ・ド・サドを足したようなゴシック小説。絶大な権力を持ち奢侈を尽くした五感の官能におぼれるカリフのヴァセックと、その邪悪な母親や愛人が主人公。全能を極めることができる、特に未来を知ることができるという地霊の誘惑に屈し、ヴァセックはマホメッドを棄てて、地霊に言われるがままに50人の幼児をだまして殺すなど、悪虐の限りをつくし、無意味な蕩尽をほしいままにする。アラビア風の奢侈をつくした品々や、ヴァセックの愛人(というか、制度上は妻)となる若く美しいヌーロニハールのいいなずけである若い男が、女のようなアンドロジニーであるのも、オリエンタリストな倒錯の雰囲気を高めている。