『泥の河』

「そういうことを調べているのなら」と、知人に薦められて宮本輝の処女作『泥の河』を読む。有名な『蛍川』『道頓堀川』と一緒にちくま文庫におさめられている。

堂島川土佐堀川がひとつになり、安治川と名を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んで行く。その川と川がまじわる所に三つの橋がかかっていた。昭和橋と端建蔵橋(はたてくらはし)、それに舟津橋である」という文章で始まる。時代は昭和30年で、私はもちろん生まれていないけれども(笑)、戦争の傷跡がまだ人々の心と身体に残りながらも、高度成長の足音が高まっていた頃である。橋のあたりでポンポン蒸気の船員たちなどを相手にうどん屋をしている食堂の子供で小学校二年生の信雄の目から見た、大阪の陸と海と川が溶けあうような地域で、貧困からの脱出と貧困への沈殿がよりそうようなあいまいさがこの作品の特徴だと思う。

話の中心は、端のたもとに家船がやってきたことである。(そういうわけでこの本を読んだのです・・・笑)定まった住居を持たずに船で暮らしているその一家は、信雄と同い年の少年と、二つ上の姉、そして病弱そうな母親の三人であった。少年と友人となった信雄は、大人たちの会話から、その母親はパンパンであり、船で客を取っていることを知る。そんな母親や、あるいは無口な少女に対して、信雄は淡い性のめばえを感じるが、信雄の一家は新潟に一旗揚げに行き、船住まいの一家は警察にとがめられて、別の停泊地を探してその場を去っていく。

船住まいの一家の子供が水を汲んで船の中の水がめに貯めるところなんかに思わず気づいてしまったけれども(笑)、とても美しい小説だった。 

このあいだ「コスモスクエア」のあたりに行ったけれども、昔はこんな地域だったのかなあ。