疫学と奴隷貿易

疫学と奴隷貿易についての古典を読む。クロスビーだとかダイアモンドがよりコンパクトに、そして生物学的に洗練された仕方で説明した内容だけれども、オリジナルの論文を読むと、どんな疑問を考える中でこの問題に突き当たったのかがわかって楽しい。論文は、Curtin, Philip, “Epidemiology and the Slave Trade”, Political Science Quarterly, 83(1968), 190-216. 

出発点は、「南大西洋システム」と筆者が呼ぶ経済・人口システムの特徴を考えることであった。このシステムはヨーロッパ・中南米・アフリカの三つの地域にまたがって成立したものである。経営者・資本はヨーロッパで調達され、ヨーロッパで需要されるような商品作物(砂糖など)が栽培される。土地は中南米だけれども、労働力はアフリカから移送された奴隷である。この奴隷貿易が正義と人道にもとるものであったことは言うまでもない。言う必要があることは(笑)、このシステムは不自然じゃないかということである。どうして、生産地と労働力の供給地がこんなに離れていたんだろう? それも一握りの労働力ではなく、南北アメリカを合わせると、16世紀から19世紀まで累計1000万人前後の奴隷を受け入れた巨大な労働移動である。商品作物の栽培に熱帯が適しているというのはいい。それならなぜアフリカのどこかで生産しなかったんだろう?

この謎を解く一つの鍵が疾病である。すごく簡単に言うと、中南米の原住民は、ヨーロッパ人が持ち込んだ感染症と、それにまつわる社会の崩壊で、人口は減少の一途を辿っていた。つまり、そこの肥沃で条件がよい土地は、空白状態になっていた。その空白を埋める労働力として、試行錯誤の結果、旧世界の熱帯の病気、特にマラリアに対して抵抗力を持っているアフリカ人がよいということになっていったという。旧世界のマラリアや黄熱病が急速に新世界の熱帯地域に移入されたというのがこのモデルのキモで、この論文ではそういう細部が詰められていない。旧世界から新世界にマラリアが持ち込まれる以前には、ヨーロッパ人の移民も行われていたのかとか、そういうきめ細かい話はまだないけれども、きっとその後のリサーチでそうういうことは詰められているんだろうな。