南西イングランドのマラリア・・・と鉄道模型



サリー、ケント、エセックスのあたりの南西イングランドにおける死亡率の地域差を論じた名著を読む。文献は、Dobson, Mary, Contours of Death and Disease in Early Modern England (Cambridge: Cambridge University Press, 1997). 第六章を中心に読んだ。 

この著者の仕事は何本も論文を読んで知っていて、素晴らしく広く深い洞察を与えてくれる学者であることは承知していたが、この本は、それ以上に深い感銘を受けた。もちろん、ケンブリッジの歴史人口学の緻密な学風がベースにあるのだけれども、質的な証拠の使い方もすごく巧いし、方法論的に大胆な着想がある。ほんの一例をあげると、17・18世紀のイギリスで出版された地誌を沢山読んで、その土地の空気がどう記述されているかを地図上にプロットするなんて、思いつくのはそんなに難しくないけれども、それを説得力がある仕方で提示するのはかなりの豪腕である。こういう学風は、上智大学の鬼頭先生に似ている印象を持った。

この本の中核は、イギリスの歴史におけるマラリアの発見である。イギリスの南西部の低湿地、特に海と接していているために海水が沼沢地に入り、アノフェレス蚊の生息に公的な環境になる湿地の近辺では、マラリアとそれに関連する健康状態の悪化のために、死亡率が著しく高くなるということを示している。川沿いの低地においても、健康状態が悪くなる。等高線にして数十メートルの違いで、それぞれの教区ごとの死亡率は大きく変わってくるのである。沼沢地では平均寿命は20-30歳、新生児の1/4から1/3は満一歳の誕生日の前に死ぬのに対し、丘陵地では平均寿命は40-50歳、新生児で満一歳になる前に死ぬのは1/10にすぎない。海と川と丘がおりなす等高線に沿って、全く異なる死亡の情景がモザイク状に織り成されているのを明らかにしている。

わたくしごとになるけれども、この書物が描いている地方には、何回か行ったことがある。何の誇張もなしに、これぞ鉄道模型の究極の道楽としか言いようがない模型鉄道があって、約40センチのゲージの蒸気機関車で、23km にわたって鉄道が敷設されている。1920年代くらいに作られた鉄道で、機関車はロールスロイス社に特注して作らせた、たしか1/8サイズの精巧なミニチュアだそうだ。この鉄道に乗って終点まで行くと、サリーの海岸のあたりに出るけれども、そのあたりは、不毛で平坦で骨のような白さの不気味な色をした土地が茫漠と広がっていて、見慣れたイギリスの風景とは全く違ったものだった。

画像は、鉄道模型のもの。この鉄道のウェッブサイトにもリンクを張っておきました。