「防御された身体・防御する身体」

必要があって、20世紀の免疫学についての入門的な解説を読む。文献は、Moulin, Anne Marie, “The Defended Body”, in Roger Cooter and John Pickstone eds., Companion to Medicine in the Twentieth Century (London: Routledge, 2000), 385-398.

入門的な解説とはいえ、フランス人が書いているものだから、それはそれは詩的で、凝った議論立てを使っている。この凝った仕掛けが、意外に良い。それは、免疫学という個人の身体に備わっている防衛機構の理解と、古典的な検疫に基づく公衆衛生の社会や国家を単位にした防衛の構想とを対比させながら議論を始め、感染症に対する防衛という狭い免疫の理解から、非自己を認識して生物学的な「自己」を定義する機能として、生命の根本にかかわる機能としての免疫の理解へと変化していくありさまが描かれる。このような「自己性」を浮き彫りにする免疫学と、人々をマスとして扱う古典的な「公衆」衛生が齟齬をきたすようになる知的な構造を明らかにしている。議論立てとしては、息を呑むほど独創的ではないのだろうけれども、随所にちりばめられた警句風の洞察が冴えていて、読んでいて愉しい。一つ具体例を冒頭近くから引用する。

「人間の身体は防衛する身体となる。それは、外部からの攻撃に抗する力をもともと備えているだけでなく、同じように訓育された複数の身体(=社会)が取り結ぶ新しい秩序へと統合されることになる。身体の防衛的な特徴が浮き彫りにされ、生存にとって、いや、生命そのものにとって本質的なものであるものとして現れる。防衛することは生きることそのものなのだ。」

・・・よく分からないけれども、かっこいい(笑)

一つ、たぶん言っても無駄だろうけれども(笑)苦情を言わせていただく。いくら20世紀前半のフランスとドイツの科学者たちが、国の威信をかけて激しい論争を繰り広げた領域だといっても、メチニコフとパスツールが詳しく出てくるのに、ベーリングもエールリヒも名前すら言及されていないのは、いくらなんでもあんまりだと思う。