イタリアの陽光とワイン


未読山の中から、カンポレージの食物論に目を通して、一章を読む。文献は、Camporesi, Piero, The Magic Harvest: Food, Folklore and Society (Oxford: Polity, 1999)

カンポレージのいつもの博識と奇抜で詩的な着想が全開の書物で、食物のことをきちんと考えるときには丁寧に読む本だと思って返そうとしたけれども、有名な天文学者のガリレオのワイン研究を論じた章があったので、誘惑に負けて(笑)その章だけ読んだ。必要ないし、忙しいのだけれども、読ませてしまう学者って、そんなにいないと思う。そもそも、ガリレオとその弟子が、イタリアのワインの研究をしていたなんて愉しいエピソード、知っていましたか?(笑)

ガリレオはワイン好きで、フィレンツェの友人に上等のワインを送ってくれるよう無心するほどたっだ。そのガリレオが、彼の方法に共鳴する人々が集って作った科学実験協会である「アカデミア・デル・リンチェイ」の会員たちとともに、ブドウがワインになる仕組みを実験によって研究しようとした。当時の科学者たちにとっても、やはりワイン作りに大切だったのは太陽の光だった。真っ青い空を背景にして夏の光があたるトスカナ地方の丘というのは、科学や実験などの小難しい理屈を抜きにして、「この太陽が決め手に違いない」という審美的な直観めいたものを与えてくれる。この研究を通じて、ガリレオは、「ワインは液体と陽光の合成物である」と断言するにいたった。これは、光合成された糖が変化してアルコールになるという方向にとると、化学的な概念がいちじるしく乏しい時代の推論としては、もちろんいい線を行っている。しかし、実際にはガリレオたちは、ブドウの実は光を吸収するスポンジのような特別な構造をしているという方向に行ってしまった。これでは、「キュウリに太陽光を保存して、あとから搾り出そうとしている」とスウィフトに風刺されたラピュータ島の科学者とあまり変わらない(笑)

カンポレージらしい話のキモは、このエピソードにつけた「月の没落」という主題である。ガリレオ自身、太陽中心説を唱えて異端審問に掛けられたことで有名だが、この時代は太陽があらたに世界の中心になったヘリオセントリックな時代であった。そのことは、それまでの農業や民間信仰の中で重要な位置を占めていた「月」のステータスが沈んでいくことを意味した。月は四元素説でいうと「水」「湿っていること」を象徴し、水に関連するものの女王であった。海や泉、川や波と、そこに住む生き物、そして地に産する水を必要とする農作物、花と果実、これらのものは全て月の影響下にある。ブドウの収穫やワイン作りは満月や新月という月のリズムに従って行われていた。月の影響を無視して太陽だけに集中したガリレオたちの実験は、夜の冷たい女王として万物を静かに支配していた月の影響をしりぞけ、ワイン作りにおいても「太陽中心説」を打ち立てるものだったのである。

いや、こういう記述が「正しい」かどうか知りませんよ。でも、すごくいいじゃないですか、『魔笛』みたいで(笑)

画像はピエモンテの丘とぶどう畑。