ユングとパラケルスス

必要があって、ユングパラケルスス論を読む。文献はC.G. ユング『錬金術と無意識の心理学』松田誠思訳(東京:講談社+α新書、2002)。ユングパラケルススを論じるという神秘思想の大物同士の豪華な顔合わせで、その書物が880円というのはお買い得。個人的には、ユングはもちろんパラケルススについても、無知なだけでなく苦手にしているといっていいけれども、この書物はとても良い。

この書物は、16世紀に活躍した神秘主義的で偶像破壊的な医師であるパラケルススの『長寿論』を、20世紀の分析心理学の創始者のユングが分析したものである。この書物のコアになる議論は、パラケルススの錬金術的な思想が、男性性・女性性といったユング流の無意識の心理学への洞察を含んでいるという主張だが、その当否についてはユングの信奉者でも理解者でもない私には論じる資格がない。しかし、そこに至るまでのパラケルススと錬金術を論じる道筋は、歴史学的に正しいかどうかは判断できないが、非常に読み応えがある。キリスト教と錬金術(金を作って金儲けするというよりも、「自然」の神秘を知ってそれを人間の意志に従わせるという意味での錬金術)との、原理的な緊張・対立関係や、その知識を得た人間にとって神はもう必要なくなる(「神は死んだ」)という意味での歴史の大きな構造的な変化、そして錬金術的な経験(実験室での研究)は、医者を成長させることなど、重要な洞察に満ちている。

いくつか、原文を読んでいなくても誤訳だと分かってしまうところがあった。何回か出てくる「アーリア人」は「アリウス派」の間違いでしょう。