赤坂真理『コーリング』




赤坂真理の初期短編集を読む。いわゆるリストカッターの、自傷する女の子たちの自助グループを題材にした表題作「コーリング」の他に、「解離性自己同一性障害」の女性が歯医者で親知らずを抜く「フィギュアズ」、同じく歯を抜く話の「最大幅7ミリ」など。

「フィギュアズ」の多重人格が面白かった。医者に症状を告げる「プレゼンさん」、子供のように怖がる「リル」、それを合理的に解読して人に告げる「ロジカル」などの多数の人格が棲んでいる私が、親知らずを抜くときに麻酔が効かない。日ごろから抗うつ剤眠剤を飲んでいて麻酔に耐性ができているためである。そのときに、麻酔を打つときに人と目を合わせない歯医者に出会うのだけれども、この歯医者がもとは外科医で、麻酔中に言った言葉が患者の記憶に刻み込まれていて、そのため、手術後に患者が心身症になってしまったせいで、意識があるものが怖くなっているという設定。 ちょっと作り物っぽさを感じさせてしまうのと、もっとスペースをとって物語のこの部分を発展させれば面白かったのになあと思う。この設定が、どこまで医学的に「ありえる」話か知らないけれども、それが描こうとしている医者と患者が出会う構造の複雑さは、とても深みがあって、医学史の研究者にもっと知られていい作品だと思う。

医者が患者と目を合わせないための装置としては、19世紀の産婦人科のイラストが有名で、男性医師による視線と権力の独占とか女性患者のディスエンパワメントだとか、その手の分析がされているけれども、医者の側の不安に光を当てると、もっとセンシティヴな分析ができるんだろうな。 画像は1820年代の二冊の産科学書より。女性から目をそらせて触診を行う医者と、目隠しをして触診を行う医者。 もうひとつ、ついでに、人格の象徴である「顔」がフェードアウトして、知識の対象である器官に視線を集めているもの。どれもフランスの Maygrier によるもの。