『ライラの冒険 II 神秘の短剣』

未読山にフィリップ・パルマンの『ライラの冒険』の第二部、第三部があることが気付いて、出張の移動時間に読む。 第二部『神秘の短剣』も、第一巻『黄金の羅針盤』と同じく上下二巻で、大久保寛の翻訳が新潮文庫から出ている。

前の『黄金の羅針盤』は、「ダイモン」という、人間の霊魂が動物の形と別個の人格を持つ仕掛けを登場させて説明したほかは、主人公のライラを冒険のとば口に立たせるための予備的な物語だったけれども、この巻では、ウィルという少年の主人公も登場し、冒険の中心が明らかになる。その中心とは、前作の山場だった北極のクマの王位継承ではなく(笑)、服従を要求する神と教会に対する自由な人間の反乱で、ライラの役割は、「イヴ」のそれであることが示唆される。

私はいわゆるファンタジーものをほとんど読まない未熟な読者なので、そう思って訊いて欲しいのだけれども、今度の物語の一つの重要な仕掛けは「複数世界」という概念で、主人公のライラとウィルは、少なくとも三つは登場しているパラレルな複数世界を往復しながら物語が進行する。(それを可能にする道具が表題にもなっている「神秘の短剣」である。)これはファンタジー上級者向けのすごくダイナミックなストーリー展開で、私としては『ハリー・ポター』の、「学園もの」という構造が与えてくれる安定したリズムが懐かしかった。

ハリー・ポターの話が出たついでに書くと、ハリー・ポターに登場する「ディメンター」という仕掛けと、この作品に登場する「スペクター」はとてもよく似ていて、どちらも、人間の身体から意識や魂を吸い取る妖怪である。彼らに魂を吸い取られるのは、死よりもはるかに恐ろしい、別種の「死」である。意識を持たない肉体に対する恐怖というか、底知れぬ違和感のようなものは、私にはちょっとわからないけれども、「脳死時代」の新しい死のイメージなんだろうな。