肉食とヨーロッパ中世の女性の健康

未読山の中から、ヨーロッパ中世の女性の健康についての論文を読む。文献は、Bullough, Vern and Cameron Campbell, “Female Longevity and Diet in the Middle Ages”, Speculum, 55(1980), 317-325.

ヨーロッパが中世の前期から後期へ、そして中初期近代へと移行する中で、おおまかにいって、成人における女性の比率が高くなる。9-10世紀には男女比は 男110-120人に対して女が100 人くらいだったが、後期中世にはこれが逆転して、男100人に対して女性が110-120人ほどになる。

成人において相対的に女性が増えた理由は、一言でいうと、鉄分の摂取が増え、女性の平均寿命が延びたからだという。

話は10世紀くらいの三哺制の導入から始まる。土地を三つにわけて耕作することで生産効率が高まり、牧畜が広まる。牧畜は豚・うさぎなどの動物の肉が手に入ることを意味した。後期中世には「肉食ヨーロッパ」(ブローデル)が成立し、上層部はもとより、社会の下層部も肉食する、世界で最も肉食する文化になっていた。教会が肉断ちをやかましくいい始めるのもこの時代である。(それまでは禁じる必要がないほど肉食がまれだったということだろうか。)

さて、肉食は十分な鉄分の補給を意味する。女性と男性では必要とする鉄分の量が違う。月経による血液の喪失があるので、女性はより多くの鉄分、男性の約2倍の摂取を必要とする。妊娠期間中は月経がなくなるが、胎児に血液などを与えなければならないので、さらに鉄分を必要とする。すなわち、男性よりも女性のほうが深刻な貧血になりやすい。貧血だと、血液への酸素供給を阻害する病気、たとえば肺炎や気管支炎などは、深刻になりやすくなる。肉の摂取の増加が、両性の健康状態に異なったインパクトを与えて、相対的に女性にとってより有利に働いたのは、そのようなメカニズムがある。また、この時期に鉄のなべの利用が広まったことも、この傾向を助長したと推測される。

私は、この議論の当否を専門的に判断することはできないし、風が吹けば・・・というような感じもするけれども、説得力はあるし面白い議論だと思う。特に、ある社会的な現象(肉食の増加)が、男女の身体差によって媒介されて、男女で異なった効果をもたらすというところが面白かった。ジェンダー論では、進歩の果実を女性よりも男性が享受したことが強調されることが多いけれども、女性のほうがより大きな利益をうけたこともあるのか。