初期中世のドラゴンと疾病のエコロジー

土蜘蛛とマラリアで少し興奮したので、何度も読んだ論文をもう一度読む。文献は、Horden, Peregrine, “Disease, Dragons and Saints: The Management of Epidemics in the Dark Ages”, in Terence Ranger and Paul Slack eds., Epidemics and Ideas: Essays on the Historical Perception of Pestilence (Cambridge: Cambridge University Press, 1992), 45-76.

著者は傑出した中世の医学史の研究者で、その論文はどれも深い思索へと誘ってくれる。この論文は、要約してしまうと、中世の聖人によるドラゴン退治の伝説を、生態史と疾病史の視点で読むという、それだけのストーリーである。「還元主義的」で「エッセンシャリストな」読み方だという批判の合唱が聞こえてきそうだけれども、この論文には、そういう単純さはなく、むしろ同じドラゴン退治の伝説を、民衆文化とエリートの文化のせめぎあいの中で読んだジャック・ル・ゴフの説明がナイーヴに思えてくる。

話の中心は、紀元5世紀の初めに死んだマルチェルスという聖人が、パリの郊外の村人たちを苦しめていたドラゴンを追い払ったという話の分析。他のドラゴン伝説との比較などから、聖人と民衆とがある「土地」の感覚を共有していたこと、そしてその土地にまつわる疾病から共同体を守るという主題が同時代の伝説に見られること、疾病はしばしば怪物の姿で表されること、そして、この疾病の有力な候補はマラリアであることが論じられている。

・・こう書くと、オリジナルの魅力をすっかり損なってしまっている。うまく説明できないけれども、私がとても好きな論文です。