奈良時代の薬

必要があって、奈良時代の薬についての一般向けの書物を読む。文献は、鳥越康義『正倉院薬物の世界-日本の薬の源流を探る』(東京:平凡社、2005)

著者は薬学の先生で、昔の生薬や鉱物の記述は、筆に自信があって必要なことを簡潔に書いているが、歴史的な背景になると、かなり冗長で、読者というより著者のための説明という印象がある。そのあたりは我慢しなければならないけれども、コアの部分についてはとても勉強になり、面白かった。話の中心は三つあって、正倉院の薬物を説明している部分、出雲国の風土記に現れる、国内で採れる薬草のリスト、奈良時代の都から出土した木簡に書かれた薬のリストについての説明である。このうち、正倉院の薬物は、中国全域からペルシャ・トルコにまでいたる広大な地域から輸入された高級薬物である一方、出雲の国風土記と木簡は、律令制のもとで調べられた産物としての薬草であり、それが全国から貢納されるときに記録されたものである。というと、この時期には、律令制の末端で薬草の同定ができるほど、中国医学で使われる薬草の知識が納税者にまで広まっていたことになるのだろうか?律令制のもとの医者は、それぞれの国に一名か二名置かれただけで、実際にその恩恵にあずかることができた人間の数はそれほど多くないと思っていたけれども、薬草の見分け方・探し方を教えたということになると、話はかなり変わってくる。