中条ふみ子

必要があって、渡辺淳一『冬の花火』を読む。角川文庫から出ている。

中条ふみ子は歌人で、1922年に帯広で生まれ、54年に乳がんで没している。乳がんの治療で最初は左の、次に右の乳房も切除された。その経験を含めて、彼女自身の大胆な愛を歌った、『乳房喪失』と題された歌集が、1954年に川端康成の序文とともに世に出たときには、既存の歌壇も、当時新興であった歌人たちも、一様に批判的な態度をとった。中条は札幌医科大学の病院で息をひきとったので、渡辺淳一が創作を交えた伝記を書くことになったようである。渡辺は、中条の作品や地方の短歌雑誌に載った批評・評論はもちろん、友人や家族に話を聞いたり、アルバムや育児日記などを見せてもらったりして、良心的に調べているという印象を持った。ただ、どんなに調べても、話の中心はやっぱり、男と女の痴態を中心とした、いつもの渡辺ワールドである(笑)。

1954年に死んだ女性歌人が、乳がんの治療のために両の乳房を切り取ってしまうような経験(それはぞれはむごたらしい手術跡だったらしい)を語り、そして、死を間近にしながら、複数の男性と恋愛関係と肉体関係を持ったことを短歌に歌い上げたというのは、少し驚きだった。

ふみ子の短歌自体は、わりと面白い。

施術されつつ麻酔が誘いゆく過去に幸せなりしわが裸身見ゆ
冷やかにメスが葬りゆく乳房とほく愛執のこえが嘲へり
われに似しひとりの女不倫にて乳削ぎの刑に遭はざりしや古代に
魚とも鳥とも乳房なき吾を写して容赦せざる鏡か
失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ