ロンドンの雪合戦


必要があって、ロンドンのセント・バーソロミュー病院 (St Bartholomew’s Hospital) の歴史を読む。文献は、Waddington, Keir, Medical Education at St Bartholomew’s Hospital 1123-1995 (Suffolk: The Boydell Press, 2003). 著者は、ほぼ同じ時期で出た19世紀から20世紀のロンドンの病院の社会史の著作もあるが、この書物は、ロンドンで最も古い名門の病院で、現在はクイーン・メアリー・コレッジの一部になっているセント・バーソロミュー(「バート」)の医学教育の歴史を通覧した書物。実力がある歴史学者だから、記述の水準は高くて、特に19世紀の部分は読み応えがある。 

前にも書いたけれども、19世紀にはロンドンの医学校の学生のイメージは非常に悪く、怠け者で酒好きの放蕩者というステレオタイプが定着していた。これには色々な理由があるが、科学や医学に対する尊敬の欠如、医学と死の連想、そして悪評紛々たる解剖用の死体調達などが、医学生は不道徳な輩というイメージを作り上げていた。ロンドンの酒場や歌、そしてもちろん売春などの悪所の誘惑の真っ只中で生活しなければならないことも、医学生が身を持ち崩す理由だと考えられていた。特に、セント・バーソロミューは、1850年代までスミスフィールドにあった家畜市場・屠殺場に近く、血と肉と残酷さが染み付いた立地条件にある病院であることも貢献していた。

このステレオタイプがどの程度まで現実に合致していたのかはもちろん難しいところだが、学生たちは、実際に粗暴な振る舞いに及ぶこともあった。この本で詳しく紹介されているのは、1875年の12月のエピソードである。ロンドンに雪が降ってはしゃいだ医学生たちが雪合戦に興じていたところ、学生が投げた雪玉が門の外で見物していた人に当たった。もともと要注意人物の集団である医学生が騒いでいるのを既に警戒していた警官が、この玉を投げた学生を捕らえようしたが、件の学生は身を振りほどいて建物内に逃げ込んだ。(ちなみに、逃込んだのは解剖室で、ここなら怖がって警官も入ってこないとふんだのだろう。)この学生を捕らえるために、警官隊はついに病院内に侵入し、学生たちも繰り出して、警官と衝突した。日ごろのあらくれで鍛えている医学生たちは意外に強く、警官の足をつかんで門の外に放り投げたという。

というわけで、ロンドンで雪合戦をされるときには、お巡りさんと戦う覚悟まで決めてから(笑)