塩田千春


今日は半分無駄話。

ロンドンのRoyal Academy の友の会の新着の雑誌を読んでいたら、ロンドンのサウスバンクにある The Hayward という現代美術のギャラリーで、Walking in my mind というタイトルの美術展をするという記事があった。10人の芸術家が自分の創造的な精神の働きをインスタレーションで表現するという企画とのこと。精神を視覚的に表現するとどうなるかという問題には興味があるから、へぇと思って読んでいたら、ある作家の作品の写真に目が釘付けになった。Chiharu Shiota という作家である。日本人の作家だけれども、恥ずかしながら私はこの作家を知らなかった。ウェブサイトを見たら、横浜のトリエンナーレ資生堂ギャラリーといった超メジャーなところで作品を展示されていて、いくつかの作品は、とても私個人の心に響くと同時に、現代の身体と精神をめぐる不安のようなものを、的確に表現しているように思える。

特に面白いのは、資生堂ギャラリーでも展示され、今回のヘイワードでも展示される、細かくて不規則な目を持つ黒い網が、白のドレスにからみつくような主題の作品である。これは、黒く染められた神経系をイメージしたような組織で、まるでドレスの中にあった身体が神経系だけを残して蒸発してしまい、神経の組織が黒く染まってドレスの外へとこぼれてきたような印象を持つ。医学史の世界では、近代的で解剖的な身体観の成立にともなって、黒い胆汁の過剰(メランコリー)から神経線維の不調へと、精神の病気の原因が移行したと教えるけれども、そうか、これは「黒い神経の繊維」なんだ ―― と、ひとりで納得しました(笑) 

これはもちろん8割くらい冗談だけれども、体液とも「気」とも性質とイメージが大きく違う神経が、精神病の原因であるという考え方は、患者や患者予備軍の自己理解を大きく変えると思う。細い糸からなる網の目で、とてもフラジャイルで繊細な構造を持ち、すぐにこんがらがってしまう組織として理解された神経は、いかにも大衆病のもとになりそう。

画像は、塩田千春さんのウェブサイトより。現代芸術としてはわかりやすすぎるのかもしれないけれども、私には、身体の不安のようなものを深いところから呼び起こして、独特の居心地の悪さのようなものを与えてくれるイメージである。