『喫茶養生記』

必要があって、栄西『喫茶養生記』古田紹欽訳注(東京:講談社学術文庫、2000)を読む。日本史の教科書にまで出てくるこの有名な医学書を読むのは初めてで、今に始まったことではないが、自分の不勉強を恥じる。

この書は、茶の効用をとき、その植物としての形態や産地などを論じている、まぎれもない医学書・本草書である。当時、宋に仏教を学ぶために留学した日本の僧たちが高度な医学に接して興奮したありさまというのが手に取るように伝わってくる。

茶は養生の仙薬である。それを喫すれば万病を治すだけでなく、山や谷に茶の木が生えると、その土地は神聖なものであることがわかる。世界成立のころの人間は健康で頑丈であり天人にまごうばかりであったが、今の世の人々は脆弱となり、五臓が朽ちたようになってしまった。その結果、かつては人々に効いた針灸もむしろ体を害するようになり、湯治も効かない。世界開闢以来、時間が情け容赦なくすすみ、世界と人間は不可避的なダウンスパイラルに入りだしたのだ。 そこでは、古の名医の療法はもう効かない。

この、無慈悲な時間による世界と人体の腐食を、止めはしないまでも、和らげることができる妙薬が茶である。茶は、五味(甘・辛・酸・鹸・苦)のうち、欠乏しやすい苦味を与え、苦味は心臓に必要なものなので、心臓を強くする。心臓は五臓の王にあたる地位を占めているので、心臓が強くなると、全身が強くなり、諸病を防ぐのである。

優れた茶を産する場所として、広州が上げられている。この地は、インドと境を接しているコンロン国と近く、インドの優れたものが入ってくる地である。広州の気候は温暖湿潤で、産する食物は美味である。しかし、温暖な気候のために瘴気を生じて熱病が多く、北方の人がこの地に来ると10人中9人は熱病にかかる。食べ物も美味なので、つい過食して消化不良となる。それを防ぐかのように、この地には美味な茶が産するので、茶を喫して健康を保つのがよい。広州では、食前にビンロウジュを噛み、食後には茶を服して健康を保つのである。

ちなみに、熱病が多い広州を「熱瘴」の地と呼び、ここに割注が入っていて、「日本ではこれは赤虫の病気である」と記されている。これは調べなければならない。私が知っている「赤虫」の病気というのは、新潟などの河川沿いで蔓延していたツツガムシ病のことで、ダニ類にさされてかかる病気のことを言っていた。

このように、格調高い筆致で、世界と時間の形而上学的構造と、博物誌と生理学の中で、その効能を解かれた茶という飲み物は、本当に恵まれていると思う。この書物を読んでからお茶を飲むと、コーヒー派には悪いけれども、その気品も、その哲学的プラセボ効果(笑)も、ぜんぜん違う。 私が知る限りでは、コーヒーや紅茶にはこれにあたる書物がないんだけれども。 ・・・いや、私が知らないだけで、探せばありそうな気がしてきましたので、見つけたらご報告しますね(笑)