ペストと境界とコミュニケーション

未読山から、1630年のフィレンツェのペストについての論文を読む。文献は、Calvi, Giulia, “A Metaphor for Social Exchange: the Florentine Plague of 1630”, Representations, no.13(1986), 139-163. ちょっと抽象的で分かりにくい部分が多かったけれども、面白いタイプの資料の分析で、独創的な洞察がいくつもあった。

1630年にフィレンツェでペストが流行したときの犯罪の記録を300件ほど特定し、それを大まかに分類した上で、それぞれの記録が持つ物語の構造を分析したもの。(まずこの手法が面白い。)犯罪の分類上は、一番多いのは財産に関するもの。ペスト流行時には、通常の所有権などがサスペンドされて、病人の着物や家具などは、市当局によって情け容赦なく破壊的な「消毒」の対象になるから、この財産をめぐるものが一番多い。特に、親類であっても、病人が出た家に立ち入ることは禁じられているから、この家に入って病人の財産が市当局に押収されて消毒されるのを防ぐために、家に立ち入るというパターンがあった。次に多いのは、市の公衆衛生従事者による職権乱用などの犯罪、その次が病人や死者を隠すという行為であった。

このような犯罪を「コミュニケーションのチャンネル」の問題と捉えているところが鋭い。、社会が疫病に直面してその内的な構造を再定義して病気の攻撃に対抗しようとして、社会的コミュニケーションのチャンネルが規制の対象になり、公衆衛生局によって新たに合法性・違法性のルールが持ち込まれているとき、コミュニケーションの通路をめぐって、無数の違法行為が発生することであると捉えている。

そして、この違法行為の語り方は、ごまかしやちょろまかしといった、中世の小説やバロックのピカレスク小説の語り方であって、首尾一貫した権威への挑戦という形をとらないという。これも要チェックの洞察。