棘付き首輪と犬の拷問

必要があって、戦前に行われた、睡眠不足が精神機能や脳などの組織に与える影響を、実験的に調べた研究を読む。文献は、岡崎昌「睡眠不足の実験的研究」『神経学雑誌』25(1925), 55-100.

ちょっと調べていて気がついたのだけれども、大正期は「睡眠」が医学研究の対象としてデビューした時期である。全国で児童の睡眠時間の一斉調査が行われ、各地で睡眠時間と学業成績や性格との相関・因果関係が調べられた。睡眠とは生理学的にどのような現象なのかということも調べられた。これは「疲労」への医学的な関心、特に労働衛生学者たちの注目と関係があるだろう。

精神医学においても、睡眠不足の精神医学的な考察が行われていて、この論文は、松沢病院・東大精神科の岡崎昌なる医者が書いたもので、睡眠不足は精神病の発現の原因・素地として、どれほどの役目を果たしているのか、そして、精神病者の徴候の一つである睡眠障害は、脳髄、身体諸臓器、特に内分泌器官にどのような組織的変化を起こすのかということである。精神病の原因としての睡眠不足と、症状としての睡眠不足が身体に与える組織的な変化を調べるというわけである。

たぶん、そのことと関係するけれども、この時期の精神医学のカルテや症例を読んで、どんな愁訴・症状の頻度が高いかを数えると、一番多いのは「不眠」になると思う。(まだ数えていないけれども、ほぼ間違いない。)

この実験は、イヌを不眠にさせ極度の睡眠不足にして、それを長時間続けたところでイヌを殺して解剖してその組織を観察するというものである。イヌが殺されるのはかわいそうだけれども、まあ、その問題はここでは触れない。しかし、この実験の「眠らせない」仕掛けというのは、あまりにすさまじい。犬小屋の床と四方の側壁一面に、尖端を内側に向けた釘を一面に打ち、眠ろうとして体を横たえたり、壁によりかかったりすると、釘がささるから眠ることができないというものである。もうひとつは、天井から首輪をつって、首輪の内側には釘の尖端を向けておき、イヌがうとうとして頭が下がると、釘が首にささって眠れないというものである。イヌによって反応は違ったが、あるイヌは、凶暴になったり吠え掛かったり噛み付いたりすることはせず、だんだんおとなしくぼんやりしてきて、「5日目ころから、見慣れた人を見ても尾を振るとかじゃれつくようなことをしなくなった」とある。・・・

犬がじゃれつかなくなったのは、疲れたとか、睡眠不足とか、そういう問題だろうか。そのイヌは、自分がなついていた人間が、このうえなく苦しんでいる自分を救ってくれなくて、心底から悲しんでいたんじゃないのかなあ・・・ もしかしたら、自分がなついていた人間が自分を拷問しているのに気がついて、絶望していたんじゃないだろうか。あと、犬の心理はいいとして、岡崎は、この「眠らせない拷問」というのを、何をヒントにしたんだろうか?まさか、軍や特高警察が持っていた効果的な拷問の方法と関係があるのだろうか? そういうことを考えると、ちょっと、気分が悪くなった。