職業婦人の生理学

必要があって昭和9年の「職業婦人」の月経についての調査を読む。文献は、岩田正道「宿題報告 各種職業婦人に関する社会婦人科学的研究」『日本婦人科学会雑誌』29(1934), no.6, 655-669.

職業婦人の増加にともなう医学・イデオロギー上の緊張にともなって行われた調査である。本来なら生殖(この論文では蕃殖という言葉を使っている)が天職であるべき女性が、近代生活の複雑化にともなって、職業につくようになった。特に繊維工業では女性労働者が多い。大正9年の全国の「職業者」(ってなんだろう?)の2700万人くらいのうち、女性は約1000万人、工場労働者210万人のうち女性は46%をしめる。しかし、自然科学的には女性の身体は生殖機能を中心に作られているのは明らかである。すなわち、女性が職業に従事すると、身体に過度な負担をかけることになり、そのために生殖機能に障害が出る危険がある。これを調査しなければならない。

ここまではごく常識的な話で、ちょっとジェンダーと西洋の歴史に興味がある人なら誰でも知っている論理的な仕掛けである。私が驚いたのは、この論文の著者が、これに続けて、欧米ではこの手の研究は多くされているが、日本ではこの問題についての研究はほとんど進んでいないと書いていることであった。年代を見たら昭和9年。これは少し遅いような気がする。制度の導入とか、表面に見える日本の医学の歴史というのは、明治維新以降は、欧米の医学の歴史の歩調とそんなに変わらない。北里の伝染病研究所は、イギリスやアメリカでそれにあたるものが作られるよりも早く作られた。(この部分の記憶はあやふやですので、間違っていたら直してください。)一方で、明治維新より前に欧米で起きた事については、それを移入するのは遅れる傾向があるのかもしれない。この、女性の生殖機能と職業の関係というのは、イギリスやアメリカでは1860年代から盛んに表明されたものである。そういえば、19世紀のハーヴァードの医学部(それはそれは後進的なところでした)が言って有名になった、高等女学校に行ったり女子師範に行ったりする女子は不妊症になるとかいう心配も、日本ではあまり聞いた事がないかもしれない。