医療という市場

必要があって、近世のイギリス・アメリカの医療の市場の問題を扱った論文集を読む。文献は、Jenner, Mark S.R., and Patrick Wallis, Medicine and the Market in England and Its Colonies, c.1450-c.1850 (Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2007).

医療の市場という概念は、歴史学者が使う概念装置としては、1980年代に現れたものである。それまでの偉大な医学者の理論に着目していた医学史から、普通の医者たちの実践的な行為としての医療へ、また、医者の視点から患者の視点へと移したときに、正規の医者だけでなく、いかさま的なものや魔術も含むさまざまな治療者が比較的自由に活動していた状況であり、患者たちもさまざまなタイプの医療を求めていた状況であった。この状況は、人類学で用いられていた医療の多様性の概念でも分析することはできたけれども、これを、多様な医療の「販売と購入」と捉えて、これを医療の市場 medical marketplace と名づけ、この方向の研究を切り開き、医学史の中枢の問題にすえたのが、故ロイ・ポーターをはじめとする一連の研究者だった。しかし、ポーターは、ああいう人だから(笑)、この問題を深く掘り下げるというより、重要な論点を鮮やかに指摘して、次の仕事へと移っていった。そのまま、この概念は深く掘り下げられることがないまま、無批判に使われがちであった。(はい、私は何度もこの概念を無批判に使いました 笑)

この論文集は、ポーターと同時代からそれ以後にかけての研究で明らかになった、医療の市場の実証的な研究をまとめ、ポーターたちの緩い概念をより洗練させ、深いものにしようとしている。私が考えている問題の多くと直結している論文が並んでいて、特に、編者たちによる冒頭の章は、すべての段落に大きなヒントと助言が満ちている、久しぶりに読んだ、そのものずばりの論文だった。これでやっと、この数年取り組んでは欲求不満のままになっている健康調査の仕事に取り組む道筋が見えてきた(笑)