江戸時代の『家庭の医学』

必要があって、江戸時代の家庭の医学書を読む。文献は、平野重誠『病家須知』小曾戸洋監修、中村篤彦監訳、看護史研究会翻刻・訳注(農山漁村文化協会:2006)

平野重誠(1790-1867)は、江戸両国に生まれ、薬研堀で開業していた町医者。医師がいないような僻地の村に住む者も健康になる参考にできるようにと1832年から35年にかけて刊行した全八巻の書物が『病家須知』である。養生のほかに、看病、産科、小児科などの知見が盛られている。

ぶっきらぼうなレシピ集ではなく、当時の医学の学識をかみくだいて、その原理が庶民に分かるように書かれている書物で、明らかに教育があって「説明」を欲している庶民を念頭においている。江戸時代の『家庭の医学』といってよく、とても面白い。江戸時代には医者はもちろん往診したし、医者にかかるかというのは基本的に世帯のビジネスだったから、その「家庭」で何を行うべきかを書いたこの書物は、江戸末期の医療の社会史の背景についての本質的な情報をふんだんに含んでいる。かかれた時期から言っても、ナイチンゲール『看護覚書』『病院覚書』を想起させる。これは、もっと早く読んでおくべき書物だった。

これは明治以降はじめての出版ということで、原文の読み下し文に現代語訳と注もついた学術的な書物なのは素晴らしいが、大きな活字で三巻にわけて、しかも、その三巻をすべて革表紙でくるんだうえ、それはそれは立派な堅い装丁箱に入れる必要があったのかどうか、よく分からない。この農山漁村文化協会という出版社は、古い医学書などの翻刻でお世話になっているけれども、多くの本がこのような豪華本のつくりになっている。どうしてそういう本のつくり方をするのかなあ。