所得と平均寿命

必要があって、健康転換、特に所得と平均寿命を論じた古典的な論文を読む。文献は、Caldwell, John C., “Routes to Low Mortality in Poor Countries”, Population and Development Review, 12(1986), No.2, 171-220. 実は、この論文は何度も引用されているのを見ながら、実物を読むのは初めて。さすが、繰り返し引用されるに足る優れた論文だったと思う。

国際比較をすると、国民一人当たりの所得と平均寿命の間にはもちろん相関関係がある。しかし、横軸に所得を、縦軸に平均寿命をとって国ごとにプロットして近似曲線(いわゆるプレストン・カーヴ)を描いたときに、その曲線から大きく外れる国もかなりある。曲線の上にあるものは、所得が低いのに平均寿命が長い社会で、所得から予想される以上の健康を達成しているという意味で overachiever といい、逆に所得が大きいのに平均寿命が短い社会を、underachiever という。1982年のデータを使って、どの国が overachiever で、どの国が underachiever かを見ると、スリランカ、インドのケララ州、ビルマ、ジャマイカ、中国などがoverachiever で、underachiever は、オマーン、サウジ、イラン、リビア、アルジェリアなどである。ほぼ一目瞭然で、イスラム諸国が所得を健康に翻訳できていない。この観察から出発して、overachiever では女子教育の水準が高く、女性の自律の度合いが高く(ケララ州では一妻多夫の伝統が今でも生きているそうだ)、政治・社会参加の程度が高いということに着目して、健康を達成するには経済発展よりも社会への働きかけが必要であると結論づけている。

図表は、1982年のデータから計算した overachiever と underachiever の一覧。ここでは一人当たりのGDPと乳児死亡率が使われている。ランク差というのは、99の第三世界国家が、所得で何位か、乳児死亡率で何位かという順位を計算して、その順位の差を求めたもの。この数値がプラスに大きいほど安上がりに健康を達成し、マイナスに大きいほど、国は経済的に豊かなのにそれが健康に反映されていないことになる。1982年の段階では、AIDSの流行の影響が小さかったから、アフリカではなくイスラム諸国が unverachieverになっているが、現在では、たぶんイスラム諸国(特に産油国)は、その富を健康に翻訳することに成功しているだろうし、一方、サハラ以南のアフリカ諸国が underachiever の上位を独占するんだろうな。

上方偏倚一人当たりGDP$乳児死亡率ランク差
ケララ州(インド)160-27039+75
スリランカ32032+62
中国31067+46
ビルマ19096+36
ジャマイカ1,33010+39
インド26094+37
ザイール190106+36
タンザニア28098+31
ケニア39077+31
コスタリカ1,43018+27
ガーナ36086+26
タイ79051+25

下方偏倚一人当たりGDP$乳児死亡率ランク差
オマーン6.09123-70
サウジアラビア16,000108-61
イラン6,465102-52
リビア851095-50
アルジェリア2350111-48
イラク646573-35
イエメン500163-34
モロッコ870125-32
象牙海岸950119-28
セネガル490155-27
シエラレオーネ390190-25