山岸涼子『天人唐草』


必要はなかったけれども、山岸涼子の漫画を読む。文春文庫から出ている『天人唐草』

山岸涼子さんは、つい最近名前を知ったのだけれども、聖徳太子をモデルにした『日出処天子』で有名な漫画家。『日出処天子』をアマゾンで買ったときに、「この商品をお買い上げになられた方は・・・」と推薦されていた『天人唐草』をふらっと買ってしまった。よく知らないジャンルの本だと、こういう買い方をしてしまう本が結構ある。あまりうまくいったことはないけれども、『天人唐草』は例外で、買ってよかったと思う。

全部で五編の短編が収められている文庫で、民俗学の死者の魂返しの習俗に素材をとった「籠の中の鳥」、美しい転校生からふと香る匂いに魅せられて、彼女は死肉を喰らうギリシア神話の女面の怪鳥だという妄想に落ちていく若い高校生の妄想世界を描いた「ハーピー」など、どれも面白かった。

一番面白かったのは、やはり、表題作の「天人唐草」で、現代の日本が舞台だけれども、話としてはヴィクトリア朝の性の抑圧と偽善を告発する内容そのものである。厳格な父親に育てられた女の子が主人公で、性を抑圧しながら心を歪めて成長し、対人関係での失敗と、父親が実は下品な女を囲っていたということを知ったときのカタストロフィを経て発狂するという悲劇を描いている。「イヌフグリ」という植物を別名の「天人唐草」というほど、性が抑圧されていたというエピソードが効いている。これから、ヴィクトリア朝の説明をするときには、これでいこうかな。 ピアノの足にスカート、イヌフグリを天人唐草(笑)イヌフグリがヴィクトリア風に昇華された、和風「エンジェル・イン・ザ・ハウス」を描いた画が表紙を飾っている。

冗談はさておき、いま、良かれ悪しかれ、漫画(MANGA)は、社会学やカルスタの研究者たちに、大きな素材を提供していて、「心理学化するポストモダンの日本社会」だとか「日常性の中のオカルトと精神異常」といった系列の問題では、さぞ重要なマテリアルになっているのだろうな。