『精神病棟』

必要があって、アメリカの精神病棟でインターンをした医者の物語を読む。文献は、S.B. シーガー『精神病棟』相原真理子訳(東京:平凡社、1992)

シーガーは、医学部を出たあと救急病棟で仕事をしていたが、精神医学を学びなおして、38歳のときにインターンを始めた。研修の場所は、ロサンゼルス精神病院(「ビン」)である。のひどいスラムにあるので、研修を始めたときに、ベテランの事務員に、白人の若い研修医は一週間ともたないと宣言される。患者の多くは貧しい有色人種で、精神病院の患者として入院している生活と、路上の浮浪者でスーパーのごみ箱をあさっている生活の間を往復しているような人々が多い。それに、コカイン中毒者、アルツハイマーの黒人女性、自分がこれ以上良くならないと知って病院を去っていく分裂病患者、患者として入院し、用務員として働き、その後30年間病院の地下室で暮らしていた人物、自分が400人目の赤ちゃんを妊娠したと信じているバイポーラーの女性、そして(もちろん)精神異常者で冷酷な連続殺人もいる。医者も看護婦もだいたい善玉で、繊細な心を持っているが、タフなユーモアのセンスで毎日を乗り切っている。喜びと悲劇を繰り返しながら、シーガーが研修を終えて、病院を去るところで終っている。 そこでは、これから研修を始める白人の女性の若い医者が、不安そうに立っていて、ベテランの事務員と、「一週間ともたないだろうね」と冗談を言って笑うところで終わっている。典型的なアメリカ風のエンディングだと思うけど、違うかしら。

DSM-IIIの時代のアメリカの精神病院・精神医療の状況については全くの無知で、この本を読んで多くを学んだから、読んでよかったのは確かである。人によっては、上出来の医者の成長記であるというだろう。もしかしたら、精神科医に人気があるかもしれない。でも、なんとなく留保をしたい。

精神科医をしていると、繊細であると同時に、楽観的で物事にあまりこだわらないで割り切ることができる人格を作り上げないと、到底やっていけないのは、なんとなく想像できる。しかし、この雰囲気はなんというのかな・・・精神病院を舞台にして、アメリカの人気連続TVドラマを作ったようである。主人公は医者として成長していき、毎回新しいキャラクターが現れて、コメディもあるし、ビタースウィートな事件や、悲劇が起きる。精神病院が、こういう表現の場になるのは、悪いことではない。ただ、その表現が、私には紋切り型すぎるように思った。