マリー・ストープス『結婚愛』



必要があって、マリー・ストープスの『結婚愛』を読む。1917年に出版されるや、結婚と性のガイドとしてあっというまにイギリスで国民的な地位を築いた書物。少し前までは、結婚する娘に母親が渡す書物の代表であったという。しばらく前に Oxford Classics に入ったので、喜んで買った。Stopes, Marie, Married Love, ed. With an Introduction and Notes by Ross McKibbin (Oxford: Oxford University Press, 2004)

「今日ほど幸福な家庭が必要とされている時代はない。幸福な家庭の数を増やし、国家の役に立つことが私の望みであった。本書の目的は、結婚の喜びを増し、悲しもを避ける途を示すことである。今日の国家にとって、ただ一つの確固たる基盤は、その構成員を結婚の中で接合することである。しかし、結婚の多くが不幸なものであれば、国家の基盤は腐食し、危ういものになる。今日、特にこの国の中産階級においては、真に幸福な結婚は、表面的にみたよりもはるかに少ない。喜びを期待して結婚し、惨めに失望するものがあまりに多い。そして、「自由」への要求は高まっているが、声高に自由を唱えるものたちでも、彼らの真の不幸の起源は、自分たちの無知であり、結婚の「くびき」ではないということに気づかないことが多い」冒頭はこのように始まっているが、中身は、「知は力なり」という性に関する無知と闘う科学者の姿勢が強調され、愛と結婚がロマンティックに描かれている。

都市生活の結果、男性は常に先を急ぐようになっている。地下鉄や映画館は、気が急いた男たちを作る。その結果、もっとゆっくりとロマンティックでエロティックな感情を高めてほしい女性は、おいてけぼりを食らうことが多い。本当は、野原で、ローズマリーとラヴェンダーを摘みながら、ゆっくり、深く、相互の情熱を深めあっていきたいのである。

日本にはこれにあたる書物がないと思う。歴史上、医者が書いたハウツーセックスものはもちろんたくさんあるだろうけれども、まずこれだけ大ベストセラーにはならなかったし、また、それに読者からの手紙と称した扇情的な体験記や、ポルノグラフィまがいの写真などが含まれて、性格を変えていった。ちなみに、ストープスにある図表は、扇情的な写真やイラストとは正反対の、女性の月経周期と欲情の度合いを表すグラフ二枚である。

オーギュスト・フォレルの言葉がよかった。「売春婦と付き合うため、男性は女性の心理を理解できなくなる。売春婦は、男の官能の用途のために訓練された自動人形に過ぎないことがおおい。売春婦の中に女性の性的心理学の教えを探す人間は、自分の鏡に映った姿を見ているにすぎない。」

ストープスは日本と縁が深く、彼女がドイツに留学していた時、同じドイツに留学していた日本人の古生物学者(植物学者だったかな)の藤井健二郎に出会った。ちょうど日本の北海道で化石を掘る研究プロジェクトがあったので、ストープスは1907年に日本に来て一年半ほど滞在していた。そのロマンスは実らなかったけれども、もしストープスが藤井と結婚して、大正・昭和の日本で「結婚愛」をベストセラーにしていたら、それは面白かったんだけど(笑)

画像は、月経の周期と欲情のありさま。健康な女性(平均)と不健康な女性(個人)