売薬と医者について

必要があって、有賀喜左衛門の著作集をサーチする。日本の村落社会と家族社会学の分析の古典だけれども、なにしろ半世紀以上も前の著作だから、精神病者のケアはもちろん、障害者や老いた親のケアについてすらほとんど書いていなかった。でも、全集の第一・二巻の『日本家族制度と小作制度』の中の、有賀が調査した地域における大家と名子の双務的な関係を論じている部分で、売薬と医者について面白いことが書いてあったのでメモしておく。
 
青森県二戸郡荒沢村石神の事例である。名子から大家への労務の提供は「スケ」と呼ばれ、大家から名子への助力も「スケ」と呼ばれる。双務的なスケのことを「スケアイ」という。名子は大家に主として労働力などを提供し、大家から名子に給付するものとしては、多様である。たとえば正月に行くと切りもちが出たり酒がふるまわれる。必要に応じて「食いつぎ米」や塩、紋付羽織などが貸される。名子や、いささかの病気では、大家に薬を貰いに行く。そのため大家では富山の売薬を常に多く用意しておく。一年に80-90円は必要である。なかには一人で20円ほど使うものもいる。この売薬については、名子は必要な売薬を貰うだけで、大家に代金は払わない。
 
医者は現金で払う。その現金がないと、大家に借りに行く。婚礼と出産の入用金もそうである。病気入院などで50円、100円の借金を頼むこともまれにある。名子と大家の貸し借りは一般に物品の貸し借りだが、金銭の貸し借りは、ほぼ医者の金策に関係するものである。