田中香涯『明治大正医学史』

必要があって、田中香涯の『明治大正医学史』を読む。これは『東京医事新誌』の刊行五十周年を祝って、田中に『明治大正医学史』をコミッションしたという経緯で書かれたものである。『東京医事新誌』から助手を一人つけて資料を集めさせ、それを参照して仕上げたものという。

博識であり、なおかつ現体制の医学に対して反抗するというポーズを取るのがうまい田中がどのような「医学史」を書くのか興味があったけれども、ぱっと見て目立つスタンスは見つけにくかった。強いて言えば、東大偏重ではなくて、東大だけが牽引した部分はあっさりすませ、地方の医学校にだいぶ記述を割いているかなという程度である。あと、雑誌をベースにしているだけに、ニュース性が高い事件を積極的に拾う傾向があるようだった。明治後半の医学界の三大事件といって、最初に竹内菌論争が出ていたから、あと二つは何かと思ったら、「ガーゼ事件」(M35)と桃山避病院血清注射事件(M41)であった。どちらも私ははじめて聞くものだが、「ガーゼ事件」というのは、東大の産婦人科で助教授が手術をした女性の体内にガーゼを遺留して訴えられた事件(無罪になった)、桃山病院は、注射した直後に副作用で死亡した事件である(これも無罪になった)。