フィレンツェの病院


必要があってフィレンツェの病院についての研究書を読む。文献は、Henderson, John, The Renaissance Hospital: Healing the Body and Healing the Soul (New Haven: Yale University Press, 2006).

近世の医学史研究の水準の高さと守備範囲の広さをまざまざとみせつけるような優れた研究書である。中世からルネサンスにかけて繁栄したフィレンツェには、大小合わせて少なくとも40の病院があった。いずれも宗教的な慈善であり、貧民に無償で医療とケアを提供するものであった。病院の内部は宗教の原理によって構築され、その中で医学が営まれていた。

この書物の特徴は、ルネサンスフィレンツェということで、建築史・美術史・物質文明の歴史を本格的に展開していることである。医者や看護人がしたことの研究といった古典的な医学史研究、病院患者の統計をとって患者のデモグラフィーを研究する社会史研究といった、病院研究の常道に加えて、病院の建築、フレスコなどによる装飾、そして使われたベッドに描かれた絵画など、患者が治療を受けて暮らしていた病院の空間の細部がヴィヴィッドに描かれ、それがどのような意味を持っていたかを丁寧に説明していることである。病院にはいった患者が死ぬまで・退院するまでに、何をされ、どのようなベッドに寝て、どんな礼拝堂で祈りを捧げたかなどを、これほど克明に再構成した書物は、私ははじめて読んだ。私たちを驚かすような新しい視点があるわけではないが、この書物を読むと、自分の病院研究で何が分かっていないかが、痛いほど分かる。病院研究をするすべての医学史研究者が一度は読んでおかなければならないすぐれた書物である。

画像はローマの病院のスケッチから。聖人の像がまもる壮麗な病棟は、向かい合わせにベッドが並べられ、いちばん奥の祭壇と手前の祭壇にはさまれた神聖な空間をなしている。