ロック書簡集

必要はなかったけれども、イギリスの哲学者であるロックの書簡集を読む。文献は、Locke, John, John Locke: selected correspondence, ed. by Mark Goldie (Oxford: Oxford University Press, 2002).

ジョン・ロックはたぶん「哲学者」として人名事典に出てくるけれども、現代のプロの哲学者にはあまり人気があるとは思わない。その認識論は常識的な経験主義で、同時代のデカルトホッブズのような論理による知的冒険への志向が弱くて、読んでいてわくわくしない。政治・経済思想になると、もう少し冒険性のようなものが強いという印象があって、私は面白いと思うけれども、現在の学者に人気があるのかどうか、私にはそのあたりはよくわからない。

ロックにはもう一つの顔があって、彼はすぐれた医者でありひとかどの自然哲学者であった。独自の仕事をしたというより、医学でいうとトマス・シデナム、自然哲学でいうとロバート・ボイルといった一流どころの知人であったということで有名である。医学においては、シデナムにならって、空理空論を排する一方で、臨床的な経験を的確に記述して集めることが重要であると考えていて、この書簡集にも、その影響のもとに書かれた長い症例もある。

私がロックを読むのが好きなのは、抑制が効いた筆致で、自分の能力を実際よりも大きく見せることがない書き方であること、自分の能力の限界、現在の知識の限界をよく意識したうえで、問題を捉えそこなわないようにしようという謙虚さを感じるからだと思う。

なんか、焦点と内容がない記事になってしまって、こういう無内容な文章こそ、ロックが敵意を持っていたものだと思うけど。

1665年に外国(オランダ)からボイルに宛てた手紙で、ある街の薬屋(薬種商)を回ったときの感想を記しているものがある。その観察によれば、この街の医者は古臭い医学ばかりで、当時流行していた新式の化学的な医学を勉強していないことが分かると書いている。街の薬屋を回ると、医者の知識と学問の水準がわかるというのは、さすがにロックだなと思うけれども、そうか、薬屋の品ぞろえを見ると、医者の知的志向がわかるんだ。この洞察は、医学史の研究者をちょっと助けてくれる。