免疫概念の歴史

必要があって、免疫概念の歴史についての論文を読む。文献は、Silverstein, Arthur and Alexander A. Bialasiewicz, “History of Immunology: a History of Theories of Acquired Immunity”, Cellular Immunology, 51(1980), 151-167.

医学者による古典的な医学史の道具立ての論文。個別の医者が「免疫」について言っていること、具体的には、天然痘を中心に、一度罹患すると再びかからないのはなぜかという説明を試みている一節を抜き出して、その概念装置を分析するというスタイル。いま人文社会系の研究者の間で流行している手法ではないが、この論文は非常に優れた分析で、洞察に富んでいる。彼の著書はきっと素晴らしいものだろう。

その洞察の中から一つ。かつて、疫病(天然痘はその一つ)は罪に対して神が与えた罰であるという考え方が幅を利かせていた時代があった。その時代においてすでに、疫病にかかったら二度はかからないという観察はされていた。トゥキディデスのアテーナイの疫病の記述においてすでにこの現象が記されている。この「免疫ができる」という現象は、正しい事実が観察されたという水準だけではなく、信念の体系に組み込まれていたから、語り継がれ、当たり前のこととして受け入れられていた。病気になって死なないということは、罪が軽かったということ、そして、いったん病気になることによって、罪はきよめられたということになる。(日本語でいうと「みそぎが済んだ」という感じだろうか。)汚染ときよめ・罪と罰という、倫理観と世界観の中で「免疫」は理解されてきたのである。 

この著者が書いた本は、一万円近くする高い本だということが分かった。 でも、手元に置かなくてはならない。