満州国の精神医学

新着雑誌から、満州国の精神医学について分析した論文を読む。文献は、Matsumura, Janice, “Eugenics, Environment, and Acclimatizing to Manchukuo: Psychiatric Studies of Japanese Colonists”, 『日本医史学雑誌』56(2010), No.3, 329-350.

新しい帝国主義史 New Imperial History の代表格である Cooper & Stoler のモデル、つまり、宗主国と植民地の間には、一方的な影響関係でなく、相互に構成しあうという関係があったというモデルを、日本と満州の関係に適用して、その中で日本人による精神医学の言説を分析した論文。特に、クーパーとストーラーが着目していたのが、優生学的・進化論的な言説は、どのような相互構成を経たのかという問題であり、この問題に沿ってリサーチされている。

満州満洲国への移民は、失業問題や農村の貧困問題の解決であったと同時に、日本政府の公式の見解としては、人種的な使命の実現であり、日本人が指導民族として他の民族の上に立たなければならなかった。満州が、失業者や貧困者の吹き溜まりになってしまうこと、あるいはそのように見られることは、日本民族至上主義的なプロパガンダから見えると、都合が悪いことであった。また、小熊英二が明らかにしたように、日本人の多民族起源説は、あちこちに拡散していた日本の帝国を、「日本人はどこに行っても適応力を持っている」という形で正当化することに成功していた。満州においても、優秀な日本民族の適応力は発揮されるはずであった。

しかし、満州の精神科医たちが発見したのは、本土や他の植民地よりも高い酒精中毒や性病に起因する精神病であった。前線の開拓者には、屯墾病(とんこんびょう)というヒステリー性の病気があった。プロパガンディストが言うような、日本民族の優生学・遺伝的な優秀性よりも、むしろ、環境的な要因の影響のもとで移民した日本人の多くが精神病になっていくことを論じたものであった。つまり、植民地であらたに信憑性をましたのは、遺伝ではなくて環境要因の強調であった。